レシピに振り回される人々
そしてもちろん、自炊が減少し始めた時代から進化を続ける時短レシピの蓄積がある。手料理の食事が当たり前だった時代は、レシピに頼らない台所の担い手は多かったと思われる。
しかし、外国由来の料理のバリエーションがこの40年で加速度的に増え、特に高度経済成長期以降、新しい料理を採り入れる習慣ができた家庭の負担が増してしまった。それを後押ししたのはグルメブームだったが、増え過ぎた選択肢は台所の担い手を悩ませる大きな要因になっていたと考えられる。ITツールが普及し、無料のレシピをキーワードだけで検索できるようになったことも、選択肢の増加を加速させた。
一方で、家庭料理をイチから教われる回路は激減していた。豊かになった日本では、子どもが奉公に出る働き方がなくなって奉公先で教わる回路が消え、核家族化の進行とともに嫁ぎ先で教わる回路も失われた。そして、母親が娘に教える回路も、「お手伝いより勉強」の風潮が細くした。
平成以降は「結婚できない」将来を危惧して息子に教える母親が増える一方で、「娘だからと家事をさせられた、自分のような思いをさせたくない」と娘には教えない傾向も表れる。
外食・中食の選択肢がある時代、「料理を身につけないと、食べるのに困る」、と親も切実に考えなくなったのだろう。だから、女性たちが結婚や出産を経て毎日台所に立つようになると、知識と技術がなさ過ぎるためレシピに振り回され苦労するのである。
健康なくらしは台所から始まる
その悪循環を変える3つ目の理由が、世代交代だ。平成以降、結婚した女性たちの多くが、仕事と自炊生活の両立に苦しんできた。それは、子育てする女性はキャリアを断念した人が中心で、娘は仕事と家事を両立させる方法論を母親から学べなかったからである。
しかし時代は変わり、共働き家庭で育った男女が成長し、自分の台所を持つようになってきた。手の込んだ料理をイチから作らなくても、自炊生活が成り立つことを知っている若い世代は、肩に力を入れずに料理できるはずだ。料理する男性も増え、結婚しても女性が食事の支度を丸抱えしなくて済むカップルも増えている。
今の自炊は昔の当たり前と違う。主婦が1人で家族の健康管理を一手に担わされるのではなく、一人ひとりが自分または家族を守り生活を楽しむために、自炊を選ぶのだ。新しい時代は、台所から始まっている。
1968年生まれ。兵庫県出身。くらし文化研究所主宰。食のトレンドと生活史、ジェンダー、写真などのジャンルで執筆。著書に『母と娘はなぜ対立するのか』『昭和育ちのおいしい記憶』『昭和の洋食 平成のカフェ飯』『「和食」って何?』(以上、筑摩書房)、『小林カツ代と栗原はるみ』『料理は女の義務ですか』(以上、新潮社)、『パクチーとアジア飯』(中央公論新社)、『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』(NHK出版)、『平成・令和食ブーム総ざらい』(集英社インターナショナル)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)などがある。