厚労省の調査によると低下傾向にあった自炊率が底を打ち、上昇に転じはじめた。生活史研究家の阿古真理さんは「物価上昇の影響が最も大きいが、健康志向も大きい要因となっている」という――。

生死の境を分けた自炊習慣の有無

多忙な人が多い傾向も、外食や中食の選択肢が多い状況も変わらないのに、今静かに自炊が復権しつつある。それはなぜだろうか?

考えられる要因の一つは、コロナ禍を経て健康志向がより高まったことである。自炊は、栄養バランスや摂取カロリー、塩分などの摂取量をコントロールしやすい。

自炊のヘルシーさを裏づける証拠もある。それが、「週5回自宅で料理をする人は、しない人よりも10年後の生存率が47パーセントも高かった」という台湾の国立衛生研究所の研究結果。ベストセラーの『科学的に証明されたすごい習慣大百科』(堀田秀吾、SBクリエイティブ)に紹介されている。

自炊するシニア男性
写真=iStock.com/Zuraisham Salleh
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アメリカの『National Library of Medicine』に紹介されたこの研究の概要によると、対象は台湾全土から選ばれた、自立生活をする65歳以上。1999年から2008年の調査期間中、1888人の対象者のうち695人が亡くなっている。生死の境を分けたのが、自炊習慣の有無である。週5回以上の自炊は、「生存率を予測する因子」になっていたのだ。皆が頭でうすうすわかっていたことを、この研究は裏づけたと言える。

90%の人が手料理の夕食を食べている

日本では1980年頃から、長い間当たり前だった自炊傾向が下がり始めている。要因の一つは外食・中食が手軽になったこと。1980年代にファミレスやファストフードといった手軽な外食を提供するチェーン店が全国に広がり、1990年代にはスーパーやデパ地下の総菜が充実し、コンビニや弁当などのチェーン店も拡大した。

こうした外的要因に加え、外で働く女性が増えた、1人暮らしが増加したなど、ライフスタイルの多様化も影響。食の安心安全財団の調査では平成以降、食の外部化率(中食・外食産業の市場規模を年間の食品・食料支出額で割ったもの)が4割台をキープする状態が続いた。

ところがその傾向に、コロナ禍明け頃から変化の兆しが見え始めた。厚生労働省の国民健康・栄養調査によると、2015年から2023年までの間、手料理を食べる人の割合は、夕食の場合は性別、年代を問わず9割前後。しかし昼食は、現役世代(20~59歳)の男性が5割程度、女性が6割程度で、朝食はそれぞれ7割と8割だった。60歳以上は、男性の昼食が7割前後、女性が8割前後である。いずれも9年間ほとんど変わらなかった折れ線グラフが、2023年から2024年にかけては3食とも、すべてのカテゴリーでわずかに上がっているのだ。

【図表】自炊率の変化 (昼食・20歳~59歳)
出典=厚生労働省 国民健康・栄養調査

自炊派の増加は、他の調査からもうかがえる。まず、レシピサイトを運営するナディアが今年1月に実施した利用者の自炊意識調査を、同社が4月1日に配信したニュースリリースで確認しよう。ナディア利用者は、20~40代の女性が中心である。

物価高で増えた自炊派

3年前と現在を比較すると、自炊しない人は3.5%から1.6%へ半減した一方、毎日自炊する人は49.2%から55.0%へ増加していた。自炊派が増えた理由は、物価高の影響が最も大きく、他に仕事やライフスタイルの変化、そしてやはり健康問題も影響していた。

調理時間30分以内の時短派は3年前の調査より増加。食材や調理ツールを選ぶ際に意識するようになったことは、1位が節約、2位が健康・栄養、3位から5位が時短関連である。

今後活用が増えそう、と挙げられたのは、冷凍食品・冷凍ストック、ミールキット・下処理済み食材、カット野菜、自動調理家電などの時短ツール、それから健康志向による発酵食品、高タンパク系食材である。

冷凍野菜ミックス
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調理を効率化しつつ、自炊で健康を守りたい意識が鮮明に出ていた。パンデミックを経験し、多忙ながらも工夫して自炊を続けることで、家族の健康を守ろうとする人が増加したのだ。おそらく彼女たちは、体感で台湾の調査結果に表れた自炊の力を知っていたと考えられる。

自炊生活を助けてくれる要因

マイナビのマーケティング・広報ラボが2024年7月に実施した調査は、23~28歳の未婚で正社員・公務員・団体職員の1人暮らしが対象。ふだんの食事は、「調理をして主菜と副菜を作る」人が57.5%と最多で、続いて「調理をして主菜のみ作る」が44.2%、テイクアウトと外食は3割程度しかいなかった。Z世代のシングルも、自炊派が多数だった。

以上の調査から、ライフスタイルや世代に関わりなく、40年以上続いた自炊減少傾向は底を打ち、コロナ明け頃から再び自炊派が増えつつあることが明らかになった。

冒頭に挙げた台湾の研究では、自炊が寿命を延ばす結果が出ている。台湾の都会では、安くてヘルシーな外食が手軽にできる一方、キッチンがない集合住宅の部屋が珍しくなく、3食外食せざるを得ない人も多い。台湾に比べれば、日本の外食は割高で住宅にはキッチンが一部の例外を除けば、たいていついている。それでも減っていた自炊率が上がってきた背景として、最も影響が大きい物価上昇と健康志向以外にも3つの理由がある。

1つ目は、ナディアの調査に表れていたように、最近は自炊を助けるさまざまなツールがそろっていることだ。ミールキットや、前回の記事でご紹介したように、コンロキャンセルができる自動調理家電もある。

2つ目は、自炊生活を助ける実用書の刊行が相次ぐこと。自炊料理家の山口祐加は、具体的な実践法を伝えるレシピ本や料理教室以外にも、多彩な角度から自炊の世界にアプローチしている。

例えば、料理技術はあるのに自分のためだけには作れない人に指導・分析を行った『自分のために料理を作る 自炊から始まる「ケア」の話』(星野概念と共著、晶文社)や、自炊を始めたミニマリストの佐々木典士と対談した『自炊の壁――料理の「めんどい」を乗り越える100の方法』(ダイヤモンド社)などを刊行。

レシピに囚われ過ぎて料理が負担になっている人に向けた、「レシピなし」の料理術をレクチャーする本も次々登場。今年だけでも『人生を救う名もなき料理』(佐々木俊尚、ダイヤモンド社)、『家に「あるもんで」今日も最高においしい! アルモンデごはん』(大塚佑子、高橋書店)といった本が出ている。

レシピに振り回される人々

そしてもちろん、自炊が減少し始めた時代から進化を続ける時短レシピの蓄積がある。手料理の食事が当たり前だった時代は、レシピに頼らない台所の担い手は多かったと思われる。

しかし、外国由来の料理のバリエーションがこの40年で加速度的に増え、特に高度経済成長期以降、新しい料理を採り入れる習慣ができた家庭の負担が増してしまった。それを後押ししたのはグルメブームだったが、増え過ぎた選択肢は台所の担い手を悩ませる大きな要因になっていたと考えられる。ITツールが普及し、無料のレシピをキーワードだけで検索できるようになったことも、選択肢の増加を加速させた。

タブレット端末を片手に、カップルで調理中
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一方で、家庭料理をイチから教われる回路は激減していた。豊かになった日本では、子どもが奉公に出る働き方がなくなって奉公先で教わる回路が消え、核家族化の進行とともに嫁ぎ先で教わる回路も失われた。そして、母親が娘に教える回路も、「お手伝いより勉強」の風潮が細くした。

平成以降は「結婚できない」将来を危惧して息子に教える母親が増える一方で、「娘だからと家事をさせられた、自分のような思いをさせたくない」と娘には教えない傾向も表れる。

外食・中食の選択肢がある時代、「料理を身につけないと、食べるのに困る」、と親も切実に考えなくなったのだろう。だから、女性たちが結婚や出産を経て毎日台所に立つようになると、知識と技術がなさ過ぎるためレシピに振り回され苦労するのである。

健康なくらしは台所から始まる

その悪循環を変える3つ目の理由が、世代交代だ。平成以降、結婚した女性たちの多くが、仕事と自炊生活の両立に苦しんできた。それは、子育てする女性はキャリアを断念した人が中心で、娘は仕事と家事を両立させる方法論を母親から学べなかったからである。

しかし時代は変わり、共働き家庭で育った男女が成長し、自分の台所を持つようになってきた。手の込んだ料理をイチから作らなくても、自炊生活が成り立つことを知っている若い世代は、肩に力を入れずに料理できるはずだ。料理する男性も増え、結婚しても女性が食事の支度を丸抱えしなくて済むカップルも増えている。

今の自炊は昔の当たり前と違う。主婦が1人で家族の健康管理を一手に担わされるのではなく、一人ひとりが自分または家族を守り生活を楽しむために、自炊を選ぶのだ。新しい時代は、台所から始まっている。