天皇家が公務に秘める“御意向”
天皇は、政治にかかわる発言をすることが事実上封じられている。それも、日本国憲法第4条で、「国政に関する権能を有しない」と定められているからである。
皇族にも政治的中立が求められており、天皇や皇族が政治にかかわる発言をすることは、事実上、厳しく制限されている。
しかし、これは秋篠宮も述べていることだが、天皇や皇族も「生身の人間」であり、さまざまなことを考えている。その考えは、言葉ではなく、活動を通して表現される。そこにどういった意味があるのか、私たち国民の側はそれを深く考える必要がある。
8月20日から21日にかけて、愛子内親王は一泊二日で大阪府と滋賀県を訪れたが、これもその対象になる。
大阪では、大阪中之島美術館で開かれる「フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展」の開会式に臨席した。滋賀では、草津市の県立琵琶湖博物館を訪れ、「琵琶湖の主」とされるビワコオオナマズを鑑賞した。その後、蒲生郡竜王町では、防災センターを視察し、米原市では、地域包括医療福祉センター「ふくしあ」を訪問した。そこでは、リハビリに励む子どもたちと交流し、パラリンピック競技であるボッチャにも挑戦した。
なぜ、愛子内親王は、大阪と滋賀を今回訪れたのだろうか。
愛子さまの公務に映る天皇家の足跡
滋賀のほうは、はっきりしている。昨年9月から10月にかけ、滋賀県では「第79回国民スポーツ大会」が開かれた。以前の国民体育大会である。愛子内親王は、その競技を観戦するために、滋賀を訪れる予定になっていた。
そのときには、スポーツクライミングの成年女子、リード決勝を観戦する予定になっており、その会場が竜王町だった。愛子内親王の来訪については、地元の期待が高かったのだが、その直前、愛子内親王が新型コロナウイルスに感染していることが判明し、滋賀訪問は中止された。
琵琶湖博物館や「ふくしあ」の視察も、そのとき予定されていたものだった。今回、改めて地元で高まっていた期待に応えたことになる。
愛子内親王が滋賀を訪れるのは初めてだが、天皇皇后は、まだ皇太子夫妻だった1993年に結婚後2カ月で滋賀を訪れている。2018年には「ふくしあ」も訪問している。琵琶湖博物館で、現在の上皇が採集した標本があると聞くと、急遽、愛子内親王はその企画展も鑑賞している。
ただ、昨年は、滋賀と共に大阪を訪れる予定にはなっていなかった。
ではなぜ、愛子内親王は「フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展」の開会式に臨席することになったのだろうか。私たちが、その意味を考えなければならないのは、そのことである。