「看病婦」は遊郭出身者が多かった
エリート意識の強い医師たちは、他の職員や患者を見下してかかる。看病婦などは雑用係の使用人としてしか見ておらず、いかにも当然といった感じで、身の回りの世話まで言いつけてきたりする。しかし、当時の看病婦の実情を見れば、見下されても仕方がないところがあるのだけど。
看病婦の賃金は工場の女子労働者よりは高給ではあるのだが、血と膿にまみれる汚い仕事だ。また、仕事とはいえ男性患者の肌に触れることに、普通の女性は尻込みしてしまう。だから多少賃金が良くても成り手がいない。そのため、この病院でも吉原の遊郭で遣手婆の仕事を引退した者を雇用して頭数を確保している。看護の知識や経験のない素人ばかり、体力的に問題がある60~70歳の老女も多かった。
ひとつの病室には2~3人の看病婦が常駐しているのだが、遊郭の遣手婆の癖が抜けていないようで、患者のベッドの横で長煙管の煙草を吸いながら談笑している。看護の知識や技術がないだけではなく、仕事への意識やモラルも低い。
アグネスの指導による実地訓練には、桜井看護婦養成所からの委託生6名(前年に2名が退学している)に加えて、第一医院の看病婦から選抜された15名、入院患者が雇用していた付き添いの看病婦7名が参加していた。選抜されただけあって勤続歴が長く優秀な者を選んでいると思いきや、彼女らは感染症に関する知識も皆無で、平気な顔で血や膿がついた包帯を素手で触ったりする。
和は専門知識のない看病婦に驚く
病院の実態を知った和は啞然となってしまう。ナイチンゲール看護学校が置かれているロンドンの聖トーマス病院や、欧米の病院の話をアグネスから聞いていた。そこには素晴らしい技量と高い意識を持って仕事をする、プロフェッショナルの医師や看護婦たちがいるという。自分たちもそういった場所で働き、スキルを磨きあげたいと思っていた。実習がおこなわれる帝国大学医科大学の附属医院は、日本最高峰の病院だと聞いている。きっと素晴らしい経験ができるはずだと期待していたが、その期待は裏切られた。
権威主義が服を着たような医師の尊大な立ち振る舞いに腹をたて、看病婦の意識の低さに呆れる日々。しかし、敬虔なキリスト教徒である桜井女学校の委託生たちは、そんな困った人々のために祈る。
「二週間毎に日の出の時間に集まって、医師や患者、無知な看病婦の為に祈りました」