直美のモチーフが授業を通訳した
そして秋、ヴェッチが第一医院に着任。マリア・ツルー(ドラマの宣教師メアリーのモチーフ)が、桜井の生徒たちを第一医院で実習させる手配を事前に整えていたためで、ヴェッチは桜井と第一医院の両方を担うことになった。
授業はもちろん英語で、最も英語が堪能だった鈴木雅が通訳を務めた。第一医院に近い駒込西片町(現・東京都文京区西片)の借家を寄宿舎にして、ヴェッチと生徒たちの共同生活が始まる。教師と生徒が一つ屋根の下で寝食をともにし、家事を分担しながら人格と協調性を育む。これがナイチンゲール方式の核心であり、バーンズが寮の家事まで生徒に踏み込んで指導する場面の根拠でもある。
教育を受けていない看病婦との違い
当時、病院で働いていた「看病婦」の多くは寡婦で、読み書きや算術といった基礎教育を受けていない人がほとんどだった。日本において「教育を受けた看護婦」はまだほぼ存在しなかったのだ。そこに、観察と記録、衛生と環境整備を看護の柱に据えるナイチンゲール方式が持ち込まれた衝撃は、現代の感覚で測れるものではない。バーンズが繰り返す「This is not nursing」の重さは、まずこの落差から発している。
ヴェッチの教育のすご味を伝える逸話が、明治21年5月29日に起きている。