セツを英国籍に入れる案は選ばず
ハーンは神戸に移る前の夏、しばらく文通で親しんでいたメイソンの家族と、メイソンの東京の家や鎌倉の海水浴場などで、団欒の幾日かを過ごしている。このメイソンは、シカコという日本人妻を英国籍に入れ、二人の間の子供たちともども、日本で永住することを考えていた。しかしハーンは、これで済ませる事が出来なかった。セツは養父母と一体であり、さらに養祖父と実母の扶養を背負っていた。また、セツとハーンはともに、生存すら危うい金銭的窮地を踏んできている。
それにハーンの性格が絡んでくる。後年、東京帝国大学を解雇された時に、家族の将来についての不安に取りつかれた。その気遣いの聞き手となったミッチェル・マクドナルドが、ハーンを評して「苦労性の天才」と呼び、セツも賛同しているが、帰化に関しても、その「苦労性」――過度なまでの気遣い――を考え合わせて理解しなければならない。セツは後年「気の毒な程(家族を)心配してくれました。帰化の事でも好まない就職の事でも皆(そうでした)」と語っている。
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