日本の定番食材カニカマが世界で大人気

そのスギヨの調査では世界のカニカマ生産量は約50万トン(2021年)で、そのうち日本は7万トンに過ぎず、大半は海外で生産されている。

生産量第1位はリトアニアで、近海で多く獲れるスケトウダラを原料として生産し、欧州へ輸出している。消費量の1位はフランス、2位はスペインで、日本は3位。カニカマは日本生まれだが、生産も消費もヨーロッパがトップなのだ。フランスやスペインでは「SURIMI(すり身)」の名称で人気を集めている。

すり身サラダの材料
SURIMIサラダの材料(写真=sunny mama/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons

フランスでは、サラダやパスタ、サンドイッチなどあらゆる料理に使用されているし、スペインではカニカマアヒージョ(オリーブオイルとにんにくで食材を煮込んだ料理)が定番料理となっている。また、アメリカではカリフォルニアロールの具材に、中国では火鍋の具材に用いられるなど、現地の食生活になじんでいる。

山口県に本社を置くヤナギヤは、このカニカマをつくる装置で世界シェア7割を誇る。従業員数わずか160人の非上場企業が、いかにして“世界一企業”となったのか。

かまぼこ屋からかまぼこ製造機械メーカーへ

ヤナギヤは1916年に現社長の柳屋芳雄の祖父に当たる柳屋元助が「柳屋蒲鉾店」を創業したことに始まる。当初はかまぼこをつくっていたのだ。

魚のすり身を手作業で練っていたのだが、これがものすごい重労働だった。そこで、元助は機械化に取り組み、魚肉を均一にかき混ぜたり、潰したりする機械を開発し、1931年に特許を取得。翌年には「柳屋鉄工所」を開業し、かまぼこ屋からかまぼこ製造機械メーカーへと舵を切った。

かまぼこ製造の中でも最も重労働だった「練り作業」の機械化は全国のかまぼこ屋で評判となり、同社の機械は全国へ出荷されるようになった。

経営危機からカニカマ製造機で再建

柳屋芳雄社長は1973年に大学を卒業すると、兵庫県内のかまぼこメーカー「ヤマサ蒲鉾」に就職し、かまぼこづくりを基礎から学んだ。石油ショックの影響などで実家の柳屋鉄工所の経営が悪化したことから、1975年に柳屋鉄工所に入社し、3代目社長に就任した。

経営を立て直す中で目をつけたのが、カニカマ製造装置だ。当時カニカマは発売されたばかりだったが、ブームになりそうな兆しがあった。顧客からカニカマ製造機械の製造を依頼されたのをきっかけに開発に取り組み、1979年に装置を完成させた。

その後はカニカマ製造会社と連携し、本物のカニの味や食感に近づけるよう機械や製法の改良に取り組み続けている。

1998年にはパリに事務所を創設し、ヨーロッパでの営業・メンテナンスの拠点も築いた。修理やメンテナンスに力を入れていることも同社の成長要因の一つだ。