企業の持続的成長に欠かせない要素として注目を集める「ESG」。EUでは開示基準の統一が進み、日本でも東証プライム上場企業の一部でサステナビリティ情報の開示が義務化されるなど、世界的な潮流は勢いを増している。こうした中で、私たちはどのような視点でESG投資に向き合うべきなのか。日本初のエコファンド(ESGファンドの前身)立ち上げに携わり、ESG投資をけん引してきた瀧澤信氏に、現在のESGを取り巻く状況を聞いた。
ESGの本質が置き去りになっている
私は「ESGという言葉はもはや死んだ」と考えています。これを説明するには、まずはESGの成り立ちから話す必要があります。
ESGとは、Environment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)の頭文字をとった言葉です。企業は利益だけを追うのではなく、環境に配慮し、社会に貢献し、正しい統治を行う責任がある。投資家はそのような企業を応援することで、社会をより良くしようという理念です。
そのルーツをたどると、1970年代のベトナム戦争までさかのぼります。当時アメリカでは反戦運動が巻き起こり、大きな力を持っていたのがキリスト教会でした。彼らは自分たちが運用する莫大な資金を、聖書の教えに反する戦争関連企業や、タバコ、お酒を扱う会社に投じるわけにはいかないと考えたのです。
「教えに反する会社は投資先から外す」という、この極めてシンプルで倫理的な判断こそが、のちのESG投資の源流であるSRI(社会的責任投資)の始まりでした。日本では2000年前後に「エコファンド」が組成され、環境に優しい取り組みをしている会社を応援しようという流れが生まれました。
数あるファンドの1ジャンルだったこの分野が、本格的に注目されたのは2008年のリーマンショックの後です。金融危機をきっかけに企業のガバナンスが重視され、ESGという枠組みが世界的に広がりました。そして公的年金を含む大量の資金が流れ込んで、一気にブームになったのです。
ところが現在、実際に世の中に出回っているESGファンドの中身を見ると、誰もが知る大企業ばかりが並んでいます。なぜかといえば、投資信託は資産全体のバランスを取るために、時価総額に応じて組み入れ比率を決める仕組みだからです。すると必然的に「日経平均連動型を買っているのと大差ない」という銘柄構成になってしまうのです。これでは投資家は高い手数料を払うだけで、結局自分が何を応援しているのかもわかりません。そういう意味で、私は「ESGという言葉は有名無実化してしまった」、つまり死んでしまったと考えているのです。
個人の価値観と収益は両立させられる
ESGというアルファベットの言葉に振り回されるのは、もうやめましょう。大切なのは、投資家一人ひとりが自分の価値観に立ち返り、「社会の血流」である投資と真剣に向き合うことです。
例えば、就職活動をするとき、学生は時間をかけて企業研究をします。経営理念を読み込み、将来性を見極め、ここで働きたいかどうかを真剣に考えるでしょう。それと同じことを、なぜ投資ではやらないのでしょうか。投資とは企業にお金を託すという点で、就職と本質的に変わりません。むしろ投資こそ、個人が社会にどう関わるかを示す最も直接的な行動の一つだと私は思います。
これは今に始まった考えではありません。日本には、昔から独自の投資哲学がありました。江戸時代の農政家・二宮尊徳は“道徳と経済の一致”を説き、「道徳なき経済は罪悪であり、経済なき道徳は寝言である」と述べました。松下幸之助も「企業は社会の公器」と語り、企業は利益のためだけでなく、社会全体のために存在すべきだと強調しました。
そして忘れてはならないのは、理想や倫理を掲げることは、決して“きれいごと”ではないということです。金融とは「お金を融通する」と書きます。お金は価値のあるところに集まり、投資の原理原則として必ず利益を生みます。あなたが「こうあるべき」と願う商売は、多くの人が本当に必要としている商売です。そこに投資して儲からないはずがないのです。
生活の不便から銘柄を見つける「5Whys」思考法
私は、ESGは投資信託のスキームにそぐわなかっただけで、個人投資家がESGの観点で自分の考えに合致した銘柄を自ら選び投資すれば、世の中をより良い方向に導けると考えています。だから私は、まず自分自身に立ち返ることが重要だと強調したいのです。何を大事に思い、どんな社会を望むのか。その価値観を出発点にして投資対象を考えることが第一歩です。私はこれを「セルフESG投資」と呼んでいます。
投資の出発点は、自分の身近な生活にあります。生活者として困りごとがある➨その困りごとを解決できる企業がある➨投資家としてその企業を後押しする➨困りごとが解決され、暮らしが豊かに便利になっていく。投資とは本来、このシンプルな循環に基づくものだと私は考えています。
この視点をさらに掘り下げるために、私は「5Whys」という手法を使っています。もともとはトヨタ自動車が社内で活用してきた問題解決の手法で、「なぜ?」を5回繰り返すことで根本原因に迫るというものです。例えば「通勤電車がいつも混雑していてつらい」という不便を出発点に考えてみましょう。
このように「なぜ」を繰り返していくと、「通勤電車の混雑」という表面的な問題の根っこに、「多くの企業が導入できる価格帯で、質の高いリモートワーク環境を提供するサービスの不足」という、より本質的な社会課題が見えてきます。
そして、この課題を解決する技術やサービスを持つ企業こそが、私たちの暮らしを豊かにしてくれる可能性を秘めた、投資対象の候補となるのです。
企業の「本気度」を見抜くIR資料の読み解き方
そこからさらに投資先の候補を絞り込む際、私が着目するポイントは3つあります。第一に「その企業が社会に本当に必要とされているか」、第二に「財務の健全性」、そして第三に「経営陣の本気度」です。
第一の社会的必要性は、投資の大前提です。これはESGのS(Social)にも通じます。
第二の財務健全性では、「借金があるかないか」ではなく「つぶれない会社かどうか」を見ます。負債比率が適正か、キャッシュフローが安定しているか、バランスシートに含み資産があるか――。こうした点から持続的な経営体力を判断します。
成長企業の評価には、PER(株価収益率)よりもPEGレシオを重視します。PERは「株価 ÷ 1株当たり利益(EPS)」で算出されますが、成長株では数値が高く「割高」と誤解されやすい。そこで使うのがPEGレシオ(Price Earnings Growth Ratio=株価収益率成長比率)です。算式は「PER ÷ EPS成長率」。例えばPERが30倍でもEPS成長率が30%ならPEGレシオは1.0となり、成長性を加味すれば割安と判断できます。なお、私はPEGレシオの計算に営業利益の成長率を使用して計算しています。
そして最も重要なのが第三の経営陣の本気度です。統合報告書やトップメッセージに社会課題を自分ごととして語る視点があるか。株主総会に出れば経営陣の態度から覚悟を感じ取れる。IR部門に電話をすれば、その応対の誠実さに企業文化がにじみ出ます。
私はよく「IR資料は宝の山です」と言っています。数字と文章を丹念に読み解き、社会に必要とされる課題解決企業を見極めることが、長期的なリターンを生む「セルフESG投資」につながるのです。
(取材協力=瀧澤信 執筆=渡辺一朗 撮影=片桐圭)