課題は多いものの、株高が続き活気を取り戻しつつある日本経済、そして日本企業。そこへ熱いエールを送るのはボストン コンサルティング グループ(BCG)日本法人やドリームインキュベータを率いた“伝説のコンサルタント”堀紘一さんです。今回は、各国との関税バトルなどトランプ大統領の政策がアメリカ経済にもたらす強烈な〈負の影響〉について、少々怖い見通しを語ってもらいます。
国のリーダーが、思いつきをそのままSNSに投稿する「異常さ」をわかってほしい
アメリカのトランプ大統領は、自分がわかっていないことにどんどん口を突っ込んでいく傾向があります。例えば彼は技術がわかりません。もともと不動産業界の出身で研究開発などやったことがないのですから、わかっていないのは仕方ないことです。ただ自分が理解できないのであれば、ちゃんと理解できている人の話を聞いて、それに従うべきなのに、そうしようとしません。
トランプ政権が誕生してまだ1年経っていませんが、すでにアメリカはガタガタの状態です。
隣国のカナダなどは、もう国民が頭に来てしまっています。トランプ大統領は「カナダはアメリカの51番目の州になればいい」と、SNSに繰り返し投稿しました。これは例えて言えば、日本の首相が韓国に対して「日本の48番目の県になれ」と言うようなもので、烈火の如く怒るのは当然といえるでしょう。
そもそもリーダーたるものは、自分の思いつきをそのままSNSに書くといったことをすべきではありません。まずは自分の身近の専門家に、「こういうことを思いついたのだが、どうだろう?」と尋ねるべきなのです。そうすれば専門家がその思いつきのメリットとデメリットを教えてくれるでしょう。それを聞いたうえで発言するかどうか決めるというのが、国政のトップのあるべき姿です。
かつてはホワイトハウスにも、給料の低い若い人たちだけですがマッキンゼー・アンド・カンパニーやBCG出身の人たちが入っていました。賢くて知識も豊富な人たちが、アドバイザーとして大統領の傍にいたのです。しかしトランプ大統領は自分の言うことを聞くイエスマンしかホワイトハウスに置いていないのではないかと心配です。
トランプ大統領の「暴言」に怒ったカナダ国民がアメリカの観光地から消えている
さて、トランプ大統領の暴言に怒ったカナダ国民は、「もうアメリカには旅行に行かない」と決めたようです。それで困ったのがラスベガスやニューヨーク、フロリダといった観光地です。
フロリダは温暖でディズニーワールドなどもあり、冬場にカナダ人が好んで訪れる地域です。バンクーバー・ラスベガス間の航空便も人気で、海外からラスベガスへの旅行者のうち3割はカナダ人といわれていました。ところがその路線もいまやガラガラで、便数を減らしている状態です。
ラスベガスではカジノもホテルもレストランも稼働率が低下し、シルク・ドゥ・ソレイユといった舞台のチケットも売れ行きがはかばかしくないといいます。現地ではこれを「トランプ・スランプ」と称しているそうで、それだけ海外の人たちがトランプ政権に怒っているということでしょう。
トランプ大統領は先の大統領選で、「ホテルやレストランの従業員のチップへの課税を廃止する」と公約し、実際にチップ課税を廃止しました。ところがチップ課税はなくなったものの、代わりに雇用側が賃金を引き下げることになり、結局は従業員の収入をチップ頼りの不安定なものにしてしまいました。実に愚かな政策だったと思います。このままカナダ人観光客が来てくれなければ、レイオフされるでしょう。減税と失業、どちらがいいのか。答えは決まっているのですが……。
関税戦争をきっかけに…アメリカのリーダーは大恐慌の歴史を学べ
今年8月はじめに日本やEUと交渉が成立したトランプ政権の高関税路線も、同様に愚かな政策です。
関税はかつて、世界恐慌(大恐慌)が取り返しのつかない最悪な状態になる原因を作りました。
世界恐慌では最初に1929年、バブル状態だったアメリカの株式市場で株価が暴落し、それが金融危機を引き起こして、アメリカ国内が不況に突入します。
不況で売り上げが減った企業は、コストを削ろうと労働者を解雇しました。結果、失業者が増え、企業の売り上げがさらに落ちて不況が深刻化するという悪循環に陥りました。農産物も売れなくなり、農民も困窮します。その様子はスタインベックの小説『怒りの葡萄』でも描かれています。
このときアメリカは自国の市場を守ろうと海外からの輸入品に高い関税をかけ、ほかの国々もそれに対抗して関税を引き上げたことで、関税戦争が起きました。それによって世界のモノの流れが止まり、アメリカの不況は国内から世界に広がって、世界恐慌に発展したのです。この状況はヒトラーのドイツや日本が戦争を始めるまで続きました。振り返れば第2次世界大戦も、一つの大きな原因は関税戦争による世界恐慌だったと言えるのです。
それから1世紀近くが経ち、世界の人々が「自国本位の関税戦争などやってはいけない」と学んだからこそ、戦後に自由貿易が広がったのです。しかしトランプ大統領はそうした歴史を一顧だにせず、「関税(タリフ)ほど美しい言葉はない。私はタリフマンだ」と言っています。こうして見ると、トランプ大統領がまったく歴史を勉強していないことがよくわかります。嘘ばかりついている伊東市長といい、民主主義というのはこうした愚かな人をリーダーに選んでしまうことがあるのです。
アメリカのスーパーの店頭からトマトが消えた!
今の時代、自動車であれ携帯電話であれ、部品は世界中を行き来しています。どこで何を作るのが最も効率的かを世界中の企業が研究し、グローバルなサプライチェーンを構築してきたのです。それを関税によってめちゃくちゃにしたら、いちばん困るのはアメリカ企業でしょう。関税を高くすれば製造業や工場がアメリカに戻ってくるなどという発想は、あまりにも子供じみた考え方で勘違いもいいところです。
トランプ大統領は「関税とは相手の国が払うものだ」と思っているようですが、最終的に負担するのは自国民です。関税をかけられた外国企業は、それを価格に転嫁せざるを得ません。結果として物の価格が上がり、それを買うアメリカ国民が、実質的に関税を負担することになります。そのとき困るのは貧しい人たちです。
自動車にしても、国土の広いアメリカでは贅沢品ではなく必需品です。自動車を使わなければ卵1個すらろくに買えないのがアメリカの現実です。
結局、トランプ大統領は不動産で儲けただけの人で、技術の大切さもわかっていなければ、サプライチェーンの重要性もわかっていないのです。
アメリカ人は食事のとき、何にでもトマトケチャップをかけます。「なんでそんなにかけるの?」というくらいかけるのですが、今後はその材料であるトマトが足りなくなるかもしれません。というのもアメリカ政府はトマトについてのメキシコとの協定を一方的に離脱し、輸入関税をかける構えだからです。アメリカは外国産トマトの9割以上をメキシコから輸入しているのです。トランプ政権がメキシコをトマトの関税で脅した余波で今、アメリカのスーパーからトマトが姿を消しています。
もしアメリカでトマトケチャップが払底したら、代わりにキッコーマンの醤油が売れるかもしれませんね(笑)。
食料関連では、中国がトランプ関税に怒って、これまで大量に輸入していた大豆などアメリカ産の農産物をブラジルなどほかの国からのものに置き換える動きを見せています。これはトランプ大統領の支持層である農民にとっての大問題です。また、トランプ政権は不法移民を追放しようとしていますが、これも農家を困らせる政策です。もし非合法で入国した人たちをすべて追い出したら、アメリカでは農産物を収穫する人がいなくなり、農産物が畑で腐ることになってしまうわけです。こうした政策を強行していけばやがてアメリカの農家は追い詰められ、トランプ政権に反旗を翻すでしょう。
不評のトランプ政策だが、本当の悪影響は「半年後」に…
トランプ政権がこれだけ問題のある政策を連発しても、経済に本当にその影響が出てくるのはもう少し後のことです。
日本の自動車メーカーにしても、トランプ大統領が就任前に「自動車に高関税をかける」と脅したために、前もって大量の部品を現地に送っています。それが使えている間は、値上げしなくても済みます。しかし前もって送った部品もいずれはなくなり、そうなればメーカーも関税コストを製品価格に転嫁せざるを得なくなります。
物の値段が上がれば売り上げは落ちます。売り上げが落ちた企業はコストカットのために労働者を解雇し、失業率が高まるのがアメリカです。つまりアメリカは確実に不況になるのです。今からおそらく1年とはかからずに、アメリカは悲惨なことになると私は見ています。日本は経済システムが違っていて本当に良かったですね。
アメリカが不況になれば、世界も不況になってしまうので、日本にとっても望ましいことではありません。しかし実際にアメリカ人が不況を体験して目を覚まさない限り、トランプ政権は今のやり方を変えようとはしないでしょう。
私の結論は、「アメリカは今後、半年から1年をかけて、大不況に向かう」ということです。
為替についていえば、アメリカ政府への不信からドルの信用が失われてドル安が進み、結果として円高になるでしょう。通貨というものは、国家の権威が裏打ち(endorsement)されることで価値を得ています。国家の権威がなくなれば、紙幣はただの紙切れであり、人々がドルという通貨を信用しなくなれば、基軸通貨としてのドルの地位も失われてしまいます。
極端な予想を書きましょう。
来年──すなわち2026年のうちに、アメリカでは数百万人から数千万人単位のデモが起き、国中が混乱状態に陥るでしょう。先日、トランプ大統領は抗議デモの鎮圧のためにロサンゼルスに州兵を派遣しました。やっているのが平和的なデモ行進であっても、自分に逆らう者に対しては軍隊を差し向けるのが彼のやり方なのです。しかもロサンゼルスには州兵どころか海兵隊まで投入しました。これはもう恐怖の沙汰といえるでしょう。
事態がこじれれば、議会による大統領の「弾劾」、そして史上初の「罷免」に発展するのではないかと私は考えています。もっともその辺の法律や手続きは勉強していないので、それがどう進行するのかよく分からないということを予め白状しておきます。
(構成=久保田正志)