株式上場は経営者にとってゴールではなく出発点だ。上場からおよそ10年にわたり企業価値を伸ばし続けた経営者は何に注力してきたか、そして今後の10年で何を目指すのか。目線の先を語ってもらうPRESIDENT Growth連載【トップに聞く「上場10年」の成長戦略】。今回のゲストは、串カツ田中ホールディングス(2016年上場)を率いる坂本壽男社長──。
ぶれない方針「串カツを、日本を代表する食文化に」「目標1000店」
外食店の「串カツ田中」(運営:串カツ田中ホールディングス、本社:東京都品川区)は全国に338店(2024年12月31日現在)を展開する。首都圏でも、白地テントに赤と黒の文字が入った「名物串カツ田中 大阪伝統の味」の看板をよく見かけるようになった。
1号店を東京都世田谷区にオープンしたのが2008年12月、徐々にお客さんが増えて行列店になると、早くも2016年には上場を果たした。創業者の貫 啓二氏(現会長)から2022年に社長職を引き継いだのが坂本壽男氏だ。
「上場して8年たちましたが、当時から会社の方針も店舗展開もぶれていません。誰でも入りやすくて美味しい店づくりを目指し、『串カツを、日本を代表する食文化にする』『店舗目標は1000店』を掲げて進めてきました」(坂本社長=以下、発言は同氏)
坂本氏は新卒入社した会社を退職後に公認会計士を目指して勉強し、2年半後に国家試験に合格。監査法人に勤務した後、2015年2月にCFO(最高財務責任者)として串カツ田中に入社。上場時には取締役管理部長として実務を担った。
坂本壽男(Toshio Sakamoto)
1976年4月生まれ、長崎県島原市出身。慶應義塾大学経済学部を卒業後、日本酸素勤務を経て2004年、公認会計士二次試験に合格し大手監査法人へ。15年、串カツ田中(現・串カツ田中ホールディングス)に転じ、22年6月から代表取締役社長(現任)。
大学時代は喫茶店の店長を経験
「当時の串カツ田中は、まだ上場を意識し始めた段階で、監査法人時代の取引先の一つでした。もともと10年勤務したら公認会計士として独立する心づもりで、10年経過して監査法人を退職する際に挨拶に行きました。その際に、貫から『ウチに来ないか』と誘われ、思案した末に入社を決めたのです」
「私は大学時代、社会との接点を求めて喫茶店のアルバイトに注力。その店はカラオケやパーティールームを備えており、アルバイト店長として切り盛りしました。学生時代の経験があり、外食へのイメージは持っていたのです」
坂本社長は、「喫茶店には当時少なかったパソコンがあり、使い方を運営会社の社長に教えてもらいながら会計の勉強もしていた」と話す。今にして思うと現在の業務に結びつく道筋だったのかもしれない。
「串カツ田中に入社後は管理体制や経理面、社内規程の整備などを行い、翌年に迫った上場準備にも追われました。時間が足りず、朝の10時から夜の11時まで働く日々。もちろん今はそんな勤務体制ではありませんが、目の前の業務に没頭した時代でした」
「ファミリー客が3割」を占める串カツ店
少し前まで「串カツは大阪の食文化」というイメージで、他の地方の人にとっては出張や旅行で食べるご当地の味だった。筆者も出張の際に大阪・ミナミの老舗店「串かつだるま」に足を運び、ソースの二度漬け禁止などの文化に浸りながら味わった経験がある。東京の下町にも串カツを提供する店はあったが、全国的な知名度はなかった。
そんな大阪文化を首都圏に根づかせたのが「串カツ田中」だろう。屋号の田中は、貫氏と同じく創業者であり副社長だった田中洋江氏(現・取締役相談役)の父・勇吉氏にちなむ。大阪市西成区の家庭で父が作ってくれていた思い出の串カツの味をもとに、東京・世田谷に串カツ専門店を開いたのが串カツ田中のスタートだ。
もっとも、味の良さだけでは現在の規模に成長しない。
たとえば店内は白を基調とし、内装は簡素だが照明を明るくし、女性や家族連れでも入りやすい店にした。早くからFC(フランチャイズ)展開も進めた。立地は住宅街が多く、オジサンが多い繁華街の居酒屋とは一線を画した。創業当初から子ども客にはソフトアイスをセルフサービスで提供するなど、ファミレスのような訴求もしていた。
「近年は繁華街にも出店しており、全店舗数のうち住宅街3対繁華街1の割合です。それぞれ客層が違いますが、住宅街の店舗ではファミリー客が約3割を占めています」
ターニングポイントは、都の条例に先んじた2018年の「全席禁煙化」
この10年でターニングポイントとなった出来事を聞いてみた。
「2018年6月1日から全店(当時は立ち飲み業態3店を除く)で店内を全席禁煙にしたことですね。東京都が(改正健康増進法と受動喫煙防止条例に基づき)飲食店の店内を原則禁煙にしたのが2020年4月1日ですから2年近く前に行いました」
アルコールを飲みながら一服したい人は多く、居酒屋チェーンでは初の試みだった。
「お子さんも来られる店で、副流煙の中で飲食をすることに違和感を抱いたのです。当時は私の子どもも小学生、家族連れで行くのなら健康的な空間で食事したいですよね。一時は売り上げが落ち込みましたが、やがて回復してファミリー客が増えました」
多様な客層に訴求するためにコラボレーションにも注力する。
例えばネスレ日本とコラボした『キット串カツ抹茶あんこ』(『キットカット オトナの甘さ濃い抹茶』にあんこをのせて揚げた商品)を昨年12月8日まで販売。翌日からは『キット串カツホワイトいちご』(『キットカット オトナの甘さホワイト』に冷たいイチゴをのせて揚げた商品、ともに税込み240円)に切り替えた。
肉串や海鮮串、野菜串といった定番以外に甘いもの系(甘串)の幅を広げることで、子どもや女性客が注文しやすくしている。
現在の株価水準は「叱咤激励の声」
株価についても記しておきたい。
2016年9月14日、「串カツ田中」が東証マザーズ市場に上場した際は公募価格「3900円」に対して、初値は「4425円」を記録した。
2022年に東証スタンダード市場に移行したが、直近の株価は「1347円」(2025年1月30日終値)だ。上場後に株式分割を2回実施したので、単純に比較できないが、この数字をどう見ているのか。
「もっと頑張っていきたいという思いです。株価は事業の将来性や期待値を盛り込んだ結果ですから、叱咤激励の声と受け止めています」
坂本社長は正直にそう答えた。
コロナ禍で一時落ち込んだ業績は回復した。2023年11月期から翌24年11月期にかけて売上高は140億7200万円から168億6400万円へ、経常利益は8億3300万円から8億4600万円へと順調に伸びている。
地域に根差し、お客さんから愛される店へ
上場後、現在までの取り組みについて自己採点すると?という質問に対しては、 坂本社長は少し考えた末に「60~70点」と答え、こう続けた。
「まだいろいろ実現途上のことがあります。コロナ禍もありましたが、原材料費や光熱費の高騰、そして人件費が上昇しています。その状況で、お客さまにとって居心地のよい店、待遇や職場環境を含めて従業員が働きがいのある店にするには改善が必要です」
創業の原点を忘れないために、時間があれば大阪の串カツ店も訪れるという。
「老舗の人気店は、年数がたっていても店内は清掃が行き届いていて、お店の人もきびきびと働いています。黙々と串カツを揚げていて、お客さんが談笑しながら飲食するのを見ると地域の人に愛されていると感じます。串カツ田中が目指すべき姿です」
前述した子どもを大切にする姿勢は、「串カツを日本の代表的な食文化にするために、子どもの時から串カツ田中で楽しい経験をしてもらい、その子がやがて大人になって、家族ができてからもまた来ていただけるようにしていきたいから」だという。筆者も他社取材で、「子ども時代に楽しかった飲食体験は大人になっても残っていて、何かのきっかけで顧客になってくれる」という話を聞いてきた。
創業者の貫氏は、たたき上げで外食業を始めて300店規模に成長させ、後を継いだ坂本氏は、数字に明るい経営者としてさらなる店舗拡大の期待を担う。社長に就任して2年なので、まずは各店を運営しながらFC展開も含めて串カツ文化をさらに広げる段階のようだ。
(文=経済ジャーナリスト・高井尚之 撮影=石橋素幸)