邦船3社を蝕んだコンテナ輸送事業の赤字

2024年2月、コンビニエンスストアの安売りパスタが日本中で品切れとなり、X(旧ツイッター)で話題になった。理由は中東情勢悪化に伴う紅海での船舶攻撃によってコンテナ輸送に大幅に遅れが出たためだ。

日本の貿易量の99.6%を運ぶ海上輸送の重要性は論をまたないが、その中でもスーパーマーケットやコンビニの店頭に並ぶ食品類から雑貨、そして産業部品まであらゆるモノを運ぶコンテナ輸送なしに今の日常は成り立たない。中東情勢の悪化による輸送遅延ははからずも、いかに我々の生活がコンテナ輸送に依存しているかを証明した。

コンテナ船がこの世に登場してから半世紀以上が経過した。今や世界経済を支える一大インフラとなったコンテナ船輸送だが、その中でもグローバルな事業規模を有するのは世界でたったの7社。その一角を占めるのが、日本郵船、商船三井、川崎汽船の海運大手3社(邦船3社)のコンテナ船部門が統合して17年に発足した、オーシャン ネットワーク エクスプレス。通称「ONE(ワン)」と呼ばれる海運会社だ。

海運会社らしからぬ社名に加え、ピンク色、いや正確にはマゼンタのコーポレートカラーはいやが上にも人目を引く存在といえる。ただ、このONEの存在こそ、厳しい国際競争の中で必死になって生き残りを模索する日本の海運業の象徴と言えるのかもしれない。

日本の海運業は第一次世界大戦の特需や第二次世界大戦の苦難を経て、戦後復興に合わせた計画造船などによって急ピッチな船隊整備を進めた。1950年代から登場したコンテナ輸送にもいち早く参入し、70年代には日本海運にとっての黄金期を迎えるなど、海運大国として存在感を発揮していた。

ただし、海運企業にとってコンテナ船事業は難しい代物である。規格化された箱(コンテナ機器)で物を運ぶコンテナ輸送は20世紀最大の発明の一つと言われ、輸送需要は右肩上がり。その巨大な市場をめがけて新規参入が絶えない「レッドオーシャン」だった。おまけにコンテナ輸送はコンテナ船、箱、ターミナルと投資負担が膨大で、経営体力をすり減らす。コンテナ輸送には黎明期から欧米諸国を筆頭に多くの海運会社が参入したが、時代を経るごとに脱落者が増加。日本ではコンテナ輸送に携わる海運会社が、90年代までに従来の6社から3社に集約された。

90年代になってもコンテナ輸送の過当競争は収まることはなく、日本の邦船3社はコンテナ船事業で赤字に苦しめられた。それでも邦船3社が生き残れたのは、タンカーやばら積み船、コンテナ船など異なる船種からなる事業部門を一手に担う「デパート経営」が強みだったからだ。コンテナ船が赤字に陥っても、自動車船など他部門が収益を上げることで、会社全体の経営をカバーできた。

しかし、デパート経営には課題もあった。複数の事業部門に投資額が分散するため、収益確保が難しいコンテナ船事業への投資は少しずつ小さくなっていく。コンテナ船事業に特化する海外の専業船社と比べて徐々に規模拡大が遅れ、邦船3社の船腹量(船の積載量)のシェアは低下していった。

2000年以降は好調な海運市況に支えられて邦船3社の経営は順調で、コンテナ船事業も黒字に転じた。一転して苦しくなった背景には、08年のリーマン・ショックとそれ以降に長く続いた海運不況がある。

部署単位の投資では専業会社に勝てない

コンテナ船事業は投資金額が大きいうえにサービスの差別化が難しい。最終的には価格競争に陥るため、必然としてコンテナ1本当たりの輸送コストを低減するためにコンテナ船を大型化するという手段に行き着く。コンテナ船事業を専業で営む海外の海運会社、とりわけ欧米系では大型化に注力し、メガコンテナ船を大量に整備した。