NHK大河ドラマ「光る君へ」で注目された紫式部と、彼女の遺した長編小説『源氏物語』。その全54帖を現代語訳した直木賞作家の角田光代さんと、平安文学研究者の山本淳子さんが対談し、紫式部の生きた時代から千年後の今、同じ女性として文学に携わる者として『源氏物語』について語る――。

※本稿は、角田光代・山本淳子『いま読む『源氏物語』』(河出新書)の一部を再編集したものです。

角田光代さん(写真右)と山本淳子さん(写真左)
撮影=KIKUKO USUYAMA
角田光代さん(写真右)と山本淳子さん(写真左)

直木賞作家・角田光代が『源氏物語』全訳に挑戦したワケ

【山本】角田さんが『源氏物語』の現代語訳(河出文庫・全8巻)を始められたきっかけをうかがってもよろしいですか?

【角田】実はですね、恥ずかしいことに、私は古典も『源氏物語』もまったく興味がなくてですね。池澤夏樹さんが個人編集される「日本文学全集」シリーズがあって、古典は『古事記』から始まって、名だたる名作を現代の作家に訳させるという企画なんですけれども、河出書房新社の編集の方が会いに来たとき、「こういうラインナップになっています」と作品と訳者の組み合わせがもう決めてあったんですね。自分の名前を見たら『源氏物語』と書いてあったので、どうしようかと内心慌ててしまいました。

でも私は池澤夏樹さんの大ファンなので断るという選択肢がなくて、まったく自信もないままに引き受けたんですね。それが2013年だったんですけれども、そのときはまだ連載がいっぱいあって、すぐには取りかかれなかったんです。

ただ、それまで私は『源氏物語』を終わりまで通して読んだことがなかったので、これを機にきちんと読もうと思いました。ところが非常に読みにくいんですよね。どうしようかと困ってしまって。そのときに最初に読んだのが山本先生の『平安人へいあんびとの心で「源氏物語」を読む』です。この本が本当におもしろくて、『源氏物語』ってこんなにおもしろいのか、これなら私も頑張れるかもしれないと思いました。そういうわけで、山本先生は最初に私の背中を押してくださった方です。

【山本】ありがとうございます。そういうお助けができたのだったら、すごく嬉しいです。現代語訳はどういう方針でなされたのですか?

『源氏物語』読破の落ちこぼれ組でも読めるように大胆な決断を

【角田】『源氏物語』の訳はもういっぱいあるじゃないですか。錚々そうそうたる作家の方々のいろんな訳がすでにあるので、私がやらなくてもいいじゃないかと思ったんですよね。でも、私がやらなくてもいいじゃないかということは、今までとは違う何かをやらなくてはいけないということ。

そう考えたときに、立派な訳がいっぱいあるけれども、ガーッと読めるような格式が低い訳はないと思ったんですね。実際に私自身、『源氏物語』に何度もトライしては落ちこぼれてきた経験があるので、そういう落ちこぼれ組でもガーッと読めるような訳にしたいと思って、とにかくわかりやすさを目指しました。

本当はやってはいけないことだし、研究者の方々はお怒りになるんじゃないかと思うんですけど、私は敬語を全部抜いてしまったんです。『源氏物語』は敬語がとても重要な作品ですよね。

【山本】そこなんです。私は本当に驚いて、今、学生にも一般の方にも角田さんの現代語訳をお薦めしています。