他人に助けを求められない、声をあげられない社会

映画制作のきっかけは、監督の友人である女性(日本人)だった。彼女は夫の浮気が原因で離婚したが、元夫は養育費を支払わなかった。その上、子どもががんを患い、治療費に困窮することになった。監督は元夫に直談判しようかと友人に助けを申し出た。しかし彼女は「自分の責任だから」と断り、自力で何とかしようとしたという。

幸い子どもは病気から回復したが、この出来事は監督に強い衝撃を与えた。「困っているのに、なぜ困っていると言えないのだろう?」と彼は疑問を抱き、それが映画制作の原動力となった。

「日本のシングルペアレントの現状を理解しよう」

監督はひとり親を支援する組織に片っ端から連絡した。しかし、唯一快い返事をしてくれたのが、本作に登場する「一般社団法人ハートフルファミリー」の理事・西田真弓さんだった。監督は、日本にある850もの子ども食堂の半数ほどにもアプローチしたが、映画に協力してくれたのは「世田谷こども食堂・上馬」だけだったという。

今作では、さまざまな理由でシングルマザーとなった女性とともに、外国人男性3人、中国人女性1人、日本人男性1人の研究者が登場し、日本のシングルマザー問題に対する案内役を務める。

この作品を見た筆者が抱いた強烈な違和感は「なぜ日本人女性の研究者がこの役を担っていないのか?」だった。その点を監督に聞くと、こんな答えが返って来た。

「都内の有名大学に在籍する研究者複数に連絡をとったところ、日本人女性の学者の誰もドキュメンタリーに登場することを了承してくれませんでした。その理由は分かりません」

日本では専門の研究者でさえ、女性が声をあげにくい社会ということなのか。

「日本社会は一億総中流だと思っていた」

監督は20年以上日本に住みながらも、日本が母国オーストラリアより豊かな国であり、全員が中流階級以上の生活を送っていると思い込んでいたという。しかし、シングルマザーや研究者たちへの取材を通じて、現実の厳しさを突きつけられることとなった。

作品内で、周燕飛しゅう・えんび日本女子大学人間社会学部教授がこう分析する。

「ヨーロッパの他の国々と比較すると、日本のシングルマザーの最大の特徴は、フルタイムで働いているにもかかわらず貧困状態にあることです」

日本の専門家であるグレッグ・ストーリー博士も、OECD加盟38カ国の中で日本はひとり親世帯の就業率がもっとも高い国だとこう語る。「ひとり親世帯の85%が就業しているのに、およそ56%が貧困状態にあります」

映画では保育士と介護士のダブル資格をもったシングルマザーが1日中働きづめでも、手取りが20万円にも届かない貧困を浮き彫りにする。実際に、政府の調べによると、シングルマザーの平均年収は236万円とシングルファーザーの半分ほどしかない。こういった事実に衝撃を受けた監督は次のように話す。

「オーストラリアでは子どもの6人にひとりが貧困に陥っていて、それが(ストリートチルドレンのような)分かりやすい形で目に見えます。でも、日本はそうじゃない。私たちの目の前にいる、普通の子どもの7人にひとりが貧困に陥っている。まさに“隠された貧困”です」

この映画を撮るきっかけとなった監督の友人も監督の公的な助けを受けられなかった。なぜ日本のシングルマザーの貧困が隠され、母親が試練を受け続けねばならないのか。この点について、ドキュメンタリーは3つの興味深い考察を紹介する。

映画に出演したシングルマザーの中山登美子さん
筆者提供
映画に出演したシングルマザーの中山登美子さん