「美味しい」を直接受け取りたい
2021年、斉さんは川崎市高津区の小高い丘の上にあるビンテージマンションの一室でレストランをオープンする。その名も「斉」。営業日は週に2日しかなく、しかも、1日に1組の客しかとらない。
大きなスワッグが飾られた「斉」のドアを開くと、正面の大きな窓の向こうに木々の緑が鮮やかな、静謐な空間が広がっていた。レストランというよりは、小さなギャラリーといった趣である。
【斉】私、やっぱりお客様から美味しいって言われたい、美味しいって言ってほしいという気持ちが根強くあるんでしょうね。
ふーみんのランチタイムは、それどころではない戦場だったのだ。
激務から解放されて、斉さんはいま、新しい料理を考案することに夢中になっている。「メゾンナルカミ」のオーナーシェフ・鳴神正量のフレンチ教室にも通って、鳴神からさまざまアイデアを吸収して斉のメニューに生かしている。鳴神は和とフレンチを融合させた「フレンチジャポネーゼ」の創始者として知られる。
【斉】私、フレンチは作らないんですけれど、鳴神さんはすごくたくさん引き出しを持っている方なんで、あっ、これもらっちゃおう、いただき! って(笑)。人の真似をしているんだから考案というほどのものではないんですが、楽しい、とても楽しいですね。こないだもね、3色弁当を100食つくる機会があったんだけど、これまでの3色弁当に入っていた炒り卵っておいしくないのよね。そうしたら、ひらめいたのよ!
新しい料理について語る斉さんはとても生き生きしていて、過去について語る時とは打って変わって饒舌だ。
再度、なぜ人は、斉さんの料理を食べるとほっとするのか?
「ど素人から始めた」「人の真似がうまい」「美味しいって言われたい」。いくつかのキーワードが浮かぶのだが、うまく焦点を結ばない。やはり、ふーみんの料理を一度食べてみないことには、答えは出てこないのかもしれない。