トヨタにとってここが正念場

〈調整文化〉が強い組織では、語られた内容の価値を判断するのでなく、「誰が語ったか」に注目してしまう。「豊田会長が言ったことだから」と会長判断が絶対視されだしたら〈調整文化〉そのものだ。ご本人が望まなくても、忖度系の人たちは「何を語ったか」ではなく、「誰が語ったか」を基準に判断するものだ。この悪弊は組織全体に広がり、現場でも「誰が言ったか」を基準に意見が通ったり潰されたりするようになる。まともな対話ができなくなり、ロジカルな思考が失われていく。

絶対的な権力をもつトップは、組織の客観的な判断基準を言語化すべきだろう。「この判断基準で意思決定するのが正しい」というルールを明文化する。メンバー全員に共通の規範やルールを設けたあとは、たとえトップでも規範から外れた振る舞いは許されない。「誰が言ったか」でなく、内容で判断する価値観を浸透させるうえで必要なことだ。

専制君主が統治する組織と、みんなでルールを共有する民主的な組織では、働く人の意識とパフォーマンスが大きく違う。明文化された判断基準が社内の共通認識になれば、優秀な人材が辞めていくことは減るはずだ。豊田会長が思い描く10年先、20年先のトヨタを考えれば、ここが正念場だと私は見ている。

青空とトヨタのロゴ
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柴田 昌治(しばた・まさはる)
プロセスデザイナー代表、創業者

1979年、東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。86年、日本企業の風土・体質改革を専門に行なうスコラ・コンサルトを設立。30有余年にわたる改革の現場経験の中から、タテマエ優先の“調整文化”を象徴する〈閉じる場〉が培養する、社員の思考と行動の縛りを〈拓く場〉を経験することで緩和し、変化・成長する人の創造性によって揺らぎながら組織を進化させる方法論〈プロセスデザイン〉を結実させてきた。『なぜ会社は変われないのか』『トヨタ式最強の経営(共著)』『なぜ社員はやる気をなくしているのか』『どうやって社員が会社を変えたのか(共著)』『なぜ、それでも会社は変われないのか』(いずれも日本経済新聞出版)、『成果を出す会社はどう考えどう動くのか』(日経BP社)、『日本企業の組織風土改革』(PHPビジネス新書)、『日本的「勤勉」のワナ まじめに働いてもなぜ報われないのか』(朝日新書)など著書多数。