イノベーションを妨げる企業風土
バブル崩壊から30年余り、日本企業はグローバル経済の急速な進化に取り残されたように見える。GAFAMをはじめとする世界の主要企業は、その間に次から次へと新たな価値を生み出した。彼らと互角に戦っている数少ない日本企業の代表がトヨタだろう。
世界から取り残された日本企業には、組織の安定を支えてきた共通の風土が見られる。現状維持を何よりも優先し、「予定調和」や「前例踏襲」をよしとする文化。失敗や混乱を極力避け、“調整のための調整”を重ねていく、守りに強い文化。私が〈調整文化〉と呼んでいる風土だ。
〈調整文化〉が強い組織では、メンバーは本音を抑え、規律やルールに従うことが何より大切だと考える。「空気を読む」「同調圧力」「忖度」といった不文律が働いていくため、残念ながら自分で考える力はどんどん弱まっていく。やがて誰もが決断を回避するようになり、事なかれ主義が蔓延する。〈調整文化〉は組織の安定を維持させる一方、新しい価値を生むためのイノベーションに挑戦する姿勢は生みださない。
プラスの側面から見ると、日本人の長所である共感力を高め、以心伝心で効率よく協働する力を生む。例えば、サッカーファンが試合後にスタジアムをきれいに片づけて帰る風習などは〈調整文化〉がベースにある。礼節や格式を重んじる姿勢は日本古来の伝統であり、尊いものだ。問題視すべきは、無自覚に〈調整文化〉のマイナス部分にどっぷり浸かってしまうこと。まずはプラス面とマイナス面を見極め、〈調整文化〉の状況を自覚することが肝心なのだ。
この〈調整文化〉の対極にあるのが、トヨタの現場に強く根づいている〈挑戦文化〉である。自らミッションとターゲットを掲げ、果敢に挑戦する姿勢。目標達成のために必要であれば、あえて空気を読まない場合もある。同調圧力も忖度もない。新しい価値を生みつづけるには〈挑戦文化〉が不可欠である。
2つの文化は経営の両輪
〈調整文化〉と〈挑戦文化〉を対比させると、見えてくるものがある。
〈調整文化〉の仕事観では、自分の役職や立場に応じて、組織のために懸命に働くことが正しいとされる。一方〈挑戦文化〉の仕事観では、自分の想いや志を起点として役割やミッションを意識し、再定義しながら仲間と協働していくことが正しい。
〈調整文化〉では、あるべき論や建て前論が幅を利かせ、「失敗してはならない」「問題があってはならない」が根底にある。〈挑戦文化〉では、「人間は失敗する」「問題は起こるもの」「問題が起きたなら、原因を追及して再発防止策を講じればいい」が根底にあり、失敗から多くのことを学んでいく。
〈調整文化〉では往々にして、あるべき姿から現状を引き算したギャップを問題として捉える。そのためメンバーは「評論家」や「傍観者」になりやすい。〈挑戦文化〉では、上司と部下、仲間同士は、同じ目標に向けてそれぞれが役割を果たしていく「当事者同士」の意識になる。