「姓」に翻弄される人たちがいる。連載3回目は、およそ50年にわたる日本の「夫婦別姓」議論の中で、国を相手取って集団訴訟を起こした人たちに話を聞いた。姓に悩み続けたある原告夫婦は「私たちが描いた幸せな結婚生活を返してほしい」という――。
結婚式で花嫁の手を取る新郎
写真=iStock.com/Docinets Vasil
※写真はイメージです

「選択的夫婦別姓」第三次訴訟がスタート

今年3月、夫婦別姓を認めない民法と戸籍法の規定は憲法違反だとして、東京都や北海道、長野県に住む男女12人が国を相手取り、東京、札幌両地裁に提訴した。

選択的夫婦別姓制度の実現を求める集団訴訟は3回目となる。過去2回は、2015年と2021年に最高裁大法廷で「合憲」として棄却された。

今回の原告は法律婚の夫婦1組と事実婚の夫婦5組。その中で札幌地裁に提訴したのが、佐藤万奈さん(37)と西 清孝さん(32)のカップルだ。妻の佐藤万奈さんは原告になった理由をこう語る。

「結婚する時にどちらも改姓しないという選択肢を増やすだけなのに、何で実現しないんだろうと思っていました。誰も不利益を受けないのに、なぜ反対する人がいるんだろうと。私は夫とペーパー離婚したけれど、もし選択的夫婦別姓制度があれば、結婚することを素直に嬉しいと思えたし、体調をくずして職場も辞めなくてよかったはず。私たちはただ楽しく暮らしたかっただけなので、そんな日々を返してほしいと思ったんです」

ふたりは同じ職場で出会った。やがて結婚を考えた時、万奈さんは初めて改姓に疑問を感じ、「名字を変えたくない」と思うようになる。だが、周りには改姓した男性がおらず、好きな相手に頼むのもためらわれた。私が改姓するしかないか、それとも事実婚にするか……。彼には自分の気持ちを伝えたが、具体的な話し合いができないまま、2019年に結婚。万奈さんは「西」に改姓した。

「私たちの職場では旧姓使用が認められていなかったのです。自分の名札や書類などの記名が日に日に『西』に変わっていくのを見ていたら、『佐藤』として生きてきた自分まで無くなっていく気がして……」

同僚には旧姓で呼んでほしいとお願いしたが、上司には「君はもう『西』だろう。どうして旧姓にこだわるの?」と皆の前で聞かれ、しきりに「西」と呼ばれるのが嫌だった。万奈さんは次第に体調をくずしていき、精神科を受診すると、「適応障害」と診断された。

同じ部署で働く夫の清孝さんは妻の不調を気遣い、職場でも「何で旧姓使用できないのか」と掛け合ってみたが、彼女が抱える本当の苦しみには気づいていなかったと振り返る。

「結婚して数カ月経った頃、妻から『恨んでいるよ』と言われたんです。婚姻届を書くとき、『悪いけど、名字を変えてくれないか』と頼まれたことを恨んでいると。あの頃は僕の中にも“女の人が姓を変えるもの”という考え方があったと思う。妻から『恨んでいる』と言われて初めて自覚したんです。だから、『事実婚にしよう』と僕のほうから切り出しました」

万奈さんは職場を辞めることを決め、体調も回復へ向かっていく。本当は離婚などしたくなかったが、本来の姓を取り戻すため、ペーパー離婚を決意。2020年8月に離婚届を出すと、「佐藤」姓に戻った。今はそれぞれ新たな職場で働いている。

そんな生活の変化の中で「選択的夫婦別姓」に関心を持ち、集団訴訟の原告になったふたりはこんな願いを抱いている。

「これは女性だけの問題ではなく、男性にも当事者意識を持ってもらえたらと思う。いずれは、お互いに名前を変えずに結婚できる人たちが増えるのが楽しみですね」