「相手と距離を取って行儀よく効率的に」という電車内規範
直接的な感覚である触覚・聴覚を刺激しすぎず、視覚を中心にして距離をとって間接的にコミュニケーションをとり、行儀よく、効率的に移動すること――これらは戦前期以来の車内規範の基本構造であり続けていることがわかる。ただし、こうした車内規範の基本構造を説得するための論法は時代ごとに異なる。
また、「お互いに座席を譲り合うこと」、「何処も清潔に保つこと」、「喧騒、肌脱ぎなどの不行儀はせぬこと」の三箇条をもとにした100年前の最初の鉄道標語や戦前のアンケートに比べると、期待水準の上昇や規範内容の細分化をみることができる。とはいえ、駅や車内に新しいモノやテクノロジーが入り込んできたとしても、前記の規範の基本構造にしたがって、その扱い方を決めていくことになることは変わりなかった。
なぜ車内のケータイ通話は迷惑なのか?
とりわけ2000年代以降、車内規範でもっとも話題にあがった論点は「ケータイ」である。携帯電話・スマートフォンが存在しなかったそれまでのアンケートや標語の内容ともっとも異なるところだろう。
「駅と電車内の迷惑行為ランキング」では、2000年から2003年の第4回まで「携帯電話の使用」が不動の1位であった。第5回で初めて「携帯電話の使用」が1位を譲るが、項目表記や迷惑とされる行為の内容が変化しながらも、モバイルメディアの存在は現代の車内規範にとってノドに刺さった小骨のような厄介な問題であり続けた(図表2)。
では、なぜケータイは「迷惑」なのだろうか。1990年代半ばから携帯電話(当時はPHSも多かった)が一般的に普及しはじめると、「電車内の優先席付近では電源を切ること」と掲示されるようになる。当初、とくに問題となったのは医療機器への影響であった。携帯電話の電波が心臓ペースメーカーなどに影響をあたえ、誤作動をおこすことで深刻な健康被害をもたらすとされたのである。