旧姓通称が使える企業が増えても多くの不都合が残る
「夫婦同氏制」を採用しているのは、世界でも日本だけだ。儒教の影響が強いアジア圏で、中国、韓国、台湾は夫婦別姓の伝統がある。欧米では、1970年代以降、選択的夫婦別姓が順次導入されてきた。国際社会の潮流の中、日本でも夫婦同氏制を見直す議論が行われてきたが、現状は変わらぬまま今日に至っている。
さらに夫婦の姓の在り方が問われてきた背景には、女性の社会進出がある。働く女性たちの間では「旧姓の通称使用」が浸透しているが、旧姓と新姓を使い分けることで煩雑な手続きが生じ、さまざまな不利益を被ることも指摘される。改姓がハードルになって結婚を諦める人、名字を変えたくないと「事実婚」を選択するカップルもいる。
実際にビジネスの現場では何が起きているのか。経団連の審議員会副議長兼ダイバーシティ推進委員長で、サニーサイドアップグループ代表取締役社長の次原悦子さんはこう語る。
「経団連の会員企業調査では、9割の企業が社員の(旧姓)通称使用を認めていますが、88%の女性役員が旧姓の通称利用が可能でも『何かしらの不便さや不都合、不利益が生じると思う』と回答。二つの名前を持って働く女性たちはこれまで大変な経験をしてきました。通称使用は法律上の姓ではないため、旧姓併記を拡大するだけでは解決できない課題も多い。ビジネスの現場では、女性活躍が進めば進むほど、通称使用による弊害も顕在化しているのです」
例えば、多くの金融機関では、ビジネスネームで口座を開くことやクレジットカードをつくることができない。通称では不動産登記ができず、契約書のサインも認められないことがある。次原さん自身も、会社を上場する際に通称では申請を認められずに苦労した経験があった。中には起業時に「ペーパー離婚」をする人もいるという。
さらに海外出張の際、通称は日本独自の制度なのでなかなか理解されない。現地のメンバーが通称でホテルの予約を取ってくれた場合、チェックイン時にパスポートの姓名と異なるという理由で宿泊を断られたケース。公的施設への入館時に身分証明書を求められ、ビジネスネームが記載された名簿と提示した公的IDの名前が違うことからトラブルになることも。
今年2月、経団連加盟企業の女性役員ら13人で米国を訪れた際、ホワイトハウス、国際機関、大手企業など十数カ所を訪問した。その際、8割ほどのメンバーが通称を使っていたため、ビル入口のセキュリティーチェックで足止めされたこともしばしばあったという。
こうした声を受けて、経団連はいよいよ「選択的夫婦別姓」導入を政府に求める提言の公表に踏み切った。
「女性が社会進出するときに不利益を被る現実があるならば、せめて夫婦別姓を選択できるような環境になればと。今ようやく社会の情勢も変わろうとしているところで、ここがアクセルの踏みどころと思っています」(次原さん)