脚本家がフィクションとして描いた電撃引退の決断の理由

【佐藤】そこなんですよ。史実を調べてみると、笠置さんの歌手引退って謎が多いんです。あの人は多く語らなかったから……。

【足立】当時、「体力の限界だから」とかおっしゃっていますけど、その言葉通りにはなかなか受け取れないですよね。そこも僕なりに「こういうことだったのかな」という理由を考えました。そして、ずっと羽鳥とスズ子の関係を描いてきたその最終形として、自分なりのスズ子の引退の理由を作りました。

【佐藤】実は、最後の歌合戦の後もレコーディングをしたりしていますし、服部先生が立ち上げたミュージカル「凡凡座」お祝いに駆けつけたり参加したりと、ステージで歌うこともありました。つまり完全に引退したわけじゃないけど、気持ちの中で幕引きしたのは、やはり最後の紅白でしょうね。

【足立】あくまでフィクションとして、ですが、ドラマのスズ子がなぜ辞めるのかを描くのは、すごく書きがいがありましたね。

【佐藤】そういった足立さんの新しい解釈があって、笠置シヅ子が再注目され、これまではめったに上映されることがなかった映画の出演作が上映されたり、放送されたりするようになったのは、本当にうれしい。4月以降もCS放送で特集がありますから、当時の貴重な映像を見てもらえるとうれしいです。

足立 紳(あだち・しん)
脚本家、映画監督

1972年、鳥取県生れ。日本映画学校卒業後、相米慎二監督に師事。助監督、演劇活動を経てシナリオを書きはじめる。松田優作賞受賞作「百円の恋」が2014年に映画化され、シナリオ作家協会 菊島隆三賞、日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。2016年、NHKドラマ「佐知とマユ」が市川森一脚本賞受賞、2019年、監督・脚本を手がけた「喜劇 愛妻物語」が東京国際映画祭最優秀脚本賞受賞。小説の新作に『春よ来い、マジでこい』(キネマ旬報社)がある。

佐藤 利明(さとう・としあき)
娯楽映画研究家、オトナの歌謡曲プロデューサー

1963年、東京都生まれ。笠置シヅ子、榎本健一、古川ロッパ、渥美清など、昭和の喜劇人やアーティストについてのコラムを執筆。著書に『笠置シヅ子 ブギウギ伝説』(興陽館)、『クレイジー音楽大全 クレイジーキャッツ・サウンド・クロニクル』(シンコーミュージック)、『寅さんのことば 生きてる?そら結構だ』(幻冬舎)などがある