再雇用で65~70歳まで働くか、起業するか、リタイアするか……。60歳以降の人生設計で悩む人は多い。大学時代はラグビー選手として活躍した男性は、還暦すぎに「やらないほうがいい」との声がある中、あえて“雑務仕事”を引き受けた。その男性が昨年暮れ、胴上げされ涙を流したワケとは――。(取材・文=清水岳志)
松瀬学氏
撮影=清水岳志
松瀬学氏

なぜ、縁の下の力持ちの63歳が胴上げされたのか?

日本体育大学(以下、日体大)ラグビー部部長、松瀬学(63歳)は涙腺が緩んだ。

2023年12月17日、埼玉県熊谷ラグビー場。関東大学対抗戦グループの1、2部入れ替え戦で日体大は成蹊大を破って1部復帰を果たした。

勝利の後、グラウンドに降りたら真っ先に胴上げされた。「勝って涙を流したことはなかったけど、あの時は……」

その後もしばらく歓喜の輪は解けることはなかった。

入れ替え戦後の胴上げ
撮影=矢部雅彦、写真提供=日本体育大学ラグビー部(以下同)
入れ替え戦後の胴上げ

松瀬は福岡の修猷館高校から早稲田大学に入学。ラグビー部でも活躍し、卒業後は共同通信の記者としてオリンピックはじめ多くの種目を取材した。2002年に退社した後はノンフィクション作家としてスポーツ界の問題点をえぐる著作を発表している。その功績に目をつけたのが、日体大だった。

2018年、スポーツマネジメント学部ができたときにラグビーワールドカップ組織委員会の広報戦略部長を辞して、同学部の専任の准教授(のちに教授)になった。

早稲田ラグビー部の現役だった時は、日体大はいわば、ライバル。倒すべき相手だった。当時は強豪だった。大学日本一になったこともあるし、綿井永寿という後に学長にまでなったカリスマ指導者がいた。

ラグビーは楽しいものだ。松瀬にとってラグビーはそれ以外にない。

「現役の時、毎日の練習はつらかったですよ。スクラムはきついし、タックルも痛い。でも、勝てばすべてが楽しかった記憶になるんですよ」

早稲田が大学日本一になったときだけに歌うことが許される歌がある。「荒ぶる」という部歌だ。早稲田ラグビーは、と尋ねたときにこう話した。

「クレイジー・フォー・ビクトリーだと思ってるんですね。クレイジー、荒ぶる、です。勝利のためにとことん考えて、とことん練習し努力する。倫理を備えた狂気なんです」

勝利への執着心にほかならない。