“友達が家にいる”ことへの喜び
わたしはワシントンに来たばかりで、見知らぬ人のなかにいるよそ者だった。それに、ファーストレディとして強い関心の的になったことにまだ慣れていなかった。わたしがいると部屋の空気が変わることが多くて、それはわたしがだれであるかではなく、わたしが何であるかのためだった。だから勢いこんで一直線にこちらへ向かってくる人より、うしろに下がっている人のほうに興味をひかれがちだった。
いずれにせよその時点では、わたしはまだおおむね娘たちの関係に目を向けていた。オリヴィアとほかのふたりの女の子を土曜に招待したいと言われて、わたしは大よろこびした。公邸のなかを走りまわって、そのあとは建物のなかにあるシアターで映画を観るという。その日の午前中はほとんど、ほかのことをするふりをしながら、みんなが遊んでいるあたりをそっとうろついていた。サーシャの部屋から笑い声が響いてくるたびに、ひそかに胸がいっぱいになった。ホワイトハウスへの移行のこまごまとした仕事で何カ月も汗をかいたあと、安心がどっと押し寄せてきた。それは普通の生活が戻った印で、家族にとって流れが変わる瞬間だった。“友だちが家にいる”
私のうちに来るのに洗車をしてきていたデニエレ
一方でデニエレも、こまごまとした仕事で汗をかいていた。わたしの補佐官のひとりから、オリヴィアの送り迎えについて詳しい指示を受けていた。すべての訪問者と同じように、シークレットサービスが入構を許可できるように、何日も前に社会保障番号とナンバープレートの情報を提出することも求められていた。子どもをうちの玄関前に連れてくるだけでひと苦労だ。
ありがたいことにデニエレは、普通に振る舞おうとしてくれた。小学三年生の娘が土曜に大統領の家に招かれて走りまわるのは、なんともないことだとでもいうかのように。でも、もちろんそれは大ごとだ。何年もあとに笑って話せるようになったとき、デニエレは教えてくれた。
ホワイトハウスの広大なサウスローンを囲む立派な出入り道を走るとわかっていた彼女は、わざわざ洗車してきた。美容院にも行ってきた。ネイリストのところにも。車から一歩もおりてはいけないとはっきり指示されていたけれど、そんなことは関係なかった。
これもまた、ファーストファミリーとしての新生活の奇妙な一面だった。だれもが、わたしたちの周囲の華々しさに合わせなければいけないと感じていた。わたしたちのために身なりを整える必要があると一秒でも考える人がいることが申し訳なかった。わたしのうちに来ることが、わたしのうちに車でやってくるだけのことが人にストレスを与えるのは、理解はできるけれどうれしくなかった。