誰が歯科医院を継ぐのか…子どもたちで話し合った
親から何も言われないから、自然と子どもたちで相談することになる。長女、長男、次男の3人が、父親の歯科医院の今後について話し合った。親さんはその話し合いを何となく覚えている。
「親父が跡を継げとも言わないので、じゃあ、誰がなるのかと。兄は『歯医者になるつもりはない』と言って、私も『歯医者は嫌だ』って言いました。姉は一番上で、下とは12も離れているし、いろんなことを目配せして考えるタイプだったので、責任を感じて、『じゃあ、私が歯医者にならないといけないのかな』って。親から言われると言うよりも、自分たちで話し合って決めるという感じでした」
借金は80代になっても残っていた
大学受験についても、どこを受けろと言われたことがない。
「どこを受けたか、後で報告です。それで、何か、言われたこともない。大学に行くのにお金がかかるんだったら、借金してでも払うのが親の務めだと思っているのか、何も言わないでお金を出してくれた。それで、どんだけ借金を背負ったのか……」
76歳で夫が他界してからは、英子さんは一人で返済したわけだが、80代になっても少なからず借金が残っており、90歳にして全額返し終えたという。
「全て、教育資金です」
80代で借金があったら、生きた心地がしない。なのに、英子さんには悲壮感も絶望もない。ただ、「働いて、せっせと返せばいいだけのこと」とサラリと話す。
「へこんだこと、失敗したことって、こんな性格なんで、感じてないんですよ」
この動じないおおらかさは、どこから来るのだろう。英子さんは「何やろ?」と笑う。
「何かしらに興味を持つことは、大切やと思いますね。それに費やす時間を持つことは、その人にとってプラスになると思いますね」
目の前のことに汲汲している日常に、気持ちのいい風が吹き込んだ。英子さんと対面している間、ずっと感じていたことだった。
福島県生まれ。ノンフィクション作家。東京女子大卒。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』(集英社)で、第11 回開高健ノンフィクション賞を受賞。このほか『8050問題 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』(集英社)、『県立!再チャレンジ高校』(講談社現代新書)、『シングルマザー、その後』(集英社新書)などがある。