グレずに女子高生と強さを両立させる柔のスゴさ
ふつうの女になろうとする柔を邪魔するのは、いつだって滋悟郎である(強い柔が好きだと言った柔道コーチ「風祭進之介」に愛されたくてがんばる時期もあるのだが、滋悟郎の影響下にある時間が圧倒的に長い)。孫娘に柔道をやらせたくて仕方がない彼は、人によっては人権侵害だと怒りたくなるような方法で柔道に縛りつける。進学する大学を勝手に決めたり、就職を阻止しようとしたりと、本当にやりたい放題だ。
「よいか、柔!! オリンピックで金メダルをとれ!!/そして、めざすは国民栄誉賞ぢゃ!!」……そう語る滋悟郎は、孫の部屋を勝手にチェックして『CanCam』『JJ』『an・an』ではなく『柔道スピリッツ』を読むように言ったり、少年隊やチェッカーズのポスターをはがして山下泰裕のポスターを貼ったりしてしまう。ふつうの女になりたいという孫娘の願いを聞き入れる気など毛頭ない滋悟郎は、柔にとってもっとも厄介な敵なのである。
コミカルに描かれてはいるが、こんなにも柔を振り回して悪びれない滋悟郎は実におそろしい祖父だ。
しかし柔は別の意味でおそろしい。なぜって、こんな祖父に育てられたのにグレてないし、ふつうの女子高生として過ごす時間を確保しつつ、祖父の望む強さもキープしているからだ。
いま、自分の女子高生時代を思い出してみたが、勉強と部活の両立すらままならなかった。そんなわたしからすると、日々ものすごい量の練習メニューをこなしながら女性誌を読んだり芸能人にハマったりできている柔は、本当にすごい。天才的な柔道少女であり、天才的な生き方上手。たくましい女としての格が違う。
恋することでたくましくなる富士子
柔が天才だとすれば、彼女の友人である「伊東富士子」は、血の滲むような努力を重ねてたくましくなっていったタイプなので、柔よりはいくぶん身近に感じられる(とはいっても彼女もすごい柔道家なのだが)。
富士子は、身長が高くなりすぎてバレリーナを諦めざるを得なくなったことがきっかけで柔道をはじめた。もともと運動神経がいいし柔軟性もあるので、かなりのスピードで強くなっていくが、そうはいっても、大好きだったバレエを諦め、未経験の柔道を極めるのは大変なことだ。
柔や滋悟郎に助けてもらいつつがんばる富士子の様子は、少年マンガ的な成長譚のように見える。だとすれば、彼女はラスボスとの決戦に向けて実践を積み重ねていく……はずなのだが、富士子は柔の高校時代の柔道部主将である「花園薫」と出逢い、恋に落ちてしまうのだった。
少年マンガなら、この恋を泣く泣く諦めることで強くなる展開を用意するかもしれない。しかし彼女は、恋をすることでますますたくましくなっていくのである。
富士子やるな~。
富士子にとって、たくましくなることと恋することは二者択一ではなく、車の両輪である。そのふたつがあるからこそ、彼女の柔道人生は前進してゆくのだ。