欲しいものを全て手に入れた女

花園との交際を続けた富士子は、最終的にデキ婚をするのだが、出産後も完全引退の道は選ばず、それどころかオリンピックを目指しはじめる。

トミヤマユキコ『女子マンガに答えがある 「らしさ」をはみ出すヒロインたち』(中央公論新社)

そんな富士子ママを支えるため、花園パパはいわゆるイクメンになる。世界大会に出るような有名選手を妻に持った花園は、柔道家としての人生を諦める選択をした。しかし、彼は苦しむ様子をまったく見せず、家庭人として生きるという新たな目標をちゃんと受け入れている(犠牲というより、前向きな覚悟って感じ)。

花園もやるな~。

YAWARA!』において、欲しいものを全て手に入れた女は、主人公の柔ではなく富士子だと思う。バレエを続けられない悲しみを柔道によって乗り越え、練習仲間として花園と出会ったことで柔道も恋愛も諦めずに済んだ。そればかりか、夫のサポートによって出産後も自分の夢に向かって進んでいくことができている。

この物語は富士子に多くの幸せを与えることで、女がたくましくなる上で何かを諦める必要なんてない、というメッセージを発している。強くなりたいのなら恋愛は御法度だと祖父に言われ続けている柔とは対照的に、富士子はたくましさと愛の両方を手中に収めた。

『YAWARA!』の主人公は柔だが、わたしたちがロールモデルとすべきは富士子で間違いない。

トミヤマ ユキコ(とみやま・ゆきこ)
ライター、マンガ研究者、東北芸術工科大学芸術学部文芸学科准教授

1979年、秋田県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、同大学大学院文学研究科に進みマンガ研究で博士号を取得。2019年4月から東北芸術工科大学教員に。ライターとして日本の文学、マンガ、フードカルチャーについて書く一方、大学では現代文学・マンガについての講義や創作指導も担当。2021年より手塚治虫文化賞選考委員。著書に『10代の悩みに効くマンガ、あります!』(岩波ジュニア新書)、『文庫版 大学1年生の歩き方』(共著、集英社文庫)『少女マンガのブサイク女子考』(左右社)、『40歳までにオシャレになりたい!』(扶桑社)、『パンケーキ・ノート』(リトルモア)などがある。