哲学の祖・ソクラテスも不可解な死ゆえに注目された

「不在の中心によってナラティヴ(物語)が求心力を得て、多くの人をのめりこませていく」という形そのものは、もちろん、フィクションの領域にだけ見出せるものではない。例えば、哲学の起源のひとつとして挙げられる、紀元前のギリシアで活動したソクラテスもそうだ。

ソクラテスは、都市国家の広場で友人や若者たちとともに、通りがかる人たちを巻き込みながら議論をしていたが、あるとき政敵に疎まれ、若者を堕落させ共同体を壊そうとしているという理由をつけられ、死刑を宣告されることになる。ソクラテスはその決定に不満を持っており、周囲が逃亡を助けようと提案しているにもかかわらず、ソクラテス自身は不可解な法に従って毒をあおり、死を受け入れた。

©赤坂アカ×横槍メンゴ/集英社・【推しの子】製作委員会

「あの人はなぜいなくなったのか」「何を考えていたのか」という問い

その不可解な死を前にして生まれたのが、「ソクラテス文学」という一連の作品だ。プラトンの『ソクラテスの弁明』など、弟子や論敵がソクラテスを主人公にして、彼の死後に様々な作品を書き上げた。もはや本人からの明確な答えを期待することのできない強烈な「不在」を前に、かえって過剰に周囲の人々はその人について無数の言葉を費やし始めた。哲学の始原のひとつに彼が想定されることの理由の一つに、そうした不在の中心という論点があったと言うことができる。

強烈な個人の不可解な死にまつわる諸々の語りが、人々で共有されるナラティヴを生み出し、共同体の求心力になっていくという構図は、ソクラテスとほぼ同時代に活動した、イエスや仏陀にも同様に当てはまる。強烈な喪失の後には、ローラ・パーマーに(あるいは星野アイに)抱かざるを得なかった疑問を、「なぜあの人はいなくなったのか」「生前は何を考えていたのか」ということの膨大な説明を、人々は延々と続けてしまうのだ。