赤坂アカ(原作)×横槍メンゴ(作画)による漫画『【推しの子】』は累計発行部数1200万を超える大ヒット作。2023年4月から放送が始まったアニメ版も配信サービスでランキング1位を獲得するなどブームを巻き起こしている。哲学者として漫画やアニメ文化をウォッチする谷川嘉浩さんは「芸能界を舞台にした『【推しの子】』は物語の求心力が強い。アイというスーパーアイドルが序盤で不在になり、彼女が残した謎が読者や視聴者を引き付けている」という――。

※この記事にはアニメ版『【推しの子】』最終話(第1期)までのネタバレがあります。

アニメ版もヒットした『【推しの子】』はどんな漫画なのか

【推しの子】』は、最悪の出会いと転生から始まる物語だ。地方都市で産婦人科医として働く若手医師のところに、人気絶頂のアイドルのアイが、出産のために彼の勤める病院に転がり込んでくるところから物語は始まる。

彼の“推し”が妊娠しているとあっては、さあ大変。芸能界と無縁な医者とアイドルの不思議なドタバタストーリーが続いていく。——と思いきや、その流れは唐突に断ち切られ、主人公の若手医師は暴漢に殺害され、どういうわけかアイが妊娠している双子の一人「アクア」に転生してしまう。

人を惹きつける天性の才能を持つアイと、前世の記憶を持って推しの子どもとして生まれたアクアの奇妙な同居生活が始まる。——と思いきや、その流れは唐突に断ち切られ、アイは亡くなってしまう。

こうした二転三転する展開に、アイドルの恋愛や妊娠、シングルマザー、ストーカー、SNSのバッシングなどのテーマが織り込まれている。こうした流れが漫画第1巻に詰め込まれているため、「週刊ヤングジャンプ」での連載時から大きく話題を呼んでいた。

アニメ版『【推しの子】』は第2期が制作決定しティザービジュアルが公開された
©赤坂アカ×横槍メンゴ/集英社・【推しの子】製作委員会
アニメ版『【推しの子】』は第2期が制作決定しティザービジュアルが公開された

序盤のジェットコースター的展開がアニメ版でも話題に

2023年に「動画工房」制作でアニメ化されているが、第1話を90分に拡大して漫画の第1巻を丸ごと扱ったのには、こうしたジェットコースター的なストーリー展開を楽しんでもらうとの意図があったのだろう(ちなみに第1話は映画館でも上映されていた)。

第2巻からのストーリーは、芸能界への憧れを抱いてアイドルでの成功を目指す双子の妹ルビーの活躍とともに、主人公のアクアによるアイの「死の真相」の探究をベースに進んでいく。子役、漫画原作の実写ドラマ、恋愛リアリティショー、アイドル、2.5次元舞台、バラエティ番組など、活動の場所を映しながら話が展開していく。こうした目まぐるしい舞台転換は、本作の魅力のひとつだ。

アニメ版のOP曲であり、2023年4月13日に公開されたYOASOBIの「アイドル」も好調で、執筆時にはYouTubeでの再生数も1.7億人を超えている。YOASOBIがヒットするきっかけになった3年前の「夜に駆ける」が、執筆時点で3.6億再生なのを思えば、アニメに限らない人気の広がりが伝わるだろうか。

「アイドル」が6月10日付のビルボードのグロバールチャートで、同曲が一位となったのも記憶に新しい。もちろんこの流行の背景には、NetflixやAmazon Primeなどによるグローバルな配信環境も寄与している。

この記事では、『【推しの子】』が作品として求心力を持っている理由を、「アイという不在の中心」、そして「謎を散りばめながら、出し惜しみされる情報」に求めたい。