メスの欲求に応えられないオスなんて用無し
オスがその群れを守っている反面、やはりライオンにおいても、交尾の主導権はメスが掌握している。メスが誘えばオスは絶対に断れない。
ライオンの交尾は数秒で終わるが、陰茎のトゲはメスの膣を傷つけることもあるので、陰茎を引き抜くときに、メスはその痛みのために甲高い鳴き声をあげることもある。加えて交尾中、オスはメスの首筋を噛んで抑え込むことも多く、メスにとってはただただつらい行為のようにも見える。それでも、交尾を終えると、メスは再び同じオスまたは別のオスと交尾を繰り返し、妊娠を確実なものとする。
メスはメス同士で子育てをするために同時期に出産する場合が多い。ということは、子どもの自立時期も重なる。育児中は決して発情しないメスだが、子どもたちが自立すると、ほぼ同じ時期に発情を開始する。発情したメスたちは、オスの顔にお尻を近づけてニオイを嗅がせて交尾に誘う。
オスは1回20秒前後の交尾を1日50回、1週間も続ける
自然界ではメスの気を惹くために死闘を繰り返したり、牙を伸ばして自分の寿命を縮めたりするオスも存在するのに、ライオンのオスの待遇はとても恵まれている。しかし、オスライオンの悦楽の日々は、メスたちの果てしない要求により試練に変わっていく。
1回の交尾は20秒前後なのだが、それを15分に1回、ときには5分に1回のハイペースで繰り返し、1日50回以上の試練(交尾)をこなすこともある。長いときにはそれが1週間ほど続き、その間、オスは寝食をする間もない。
さらに、オスはメスの誘いに応じられなければ、群れから追い出されてしまう。メスが自分の獲ってきたエサを優先してオスに食べさせるのは、じつは「尽くしている」からではなく、交尾をして子どもをつくり、生まれた子どもを守ってもらうためなのである。子づくりや子育てに役立たないオスは、結果的に群れにも不要となる。
交尾中に排卵を促されるということは、ネコ科などのメスには発情期と呼ばれるものは明確に存在しないのかもしれない。それでも、特定の季節になると、野良ネコたちがにゃーにゃーと独特の声を出すのが聞こえる。ということは、ある程度子育てに適した季節を見越して、メスのほうでもオスをその気にさせる戦略は取っているのだろう。
1971年生まれ。日本獣医生命科学大学(旧日本獣医畜産大学)獣医学科卒業。学部時代にカナダのバンクーバーで出合った野生のオルカ(シャチ)に魅了され、海の哺乳類の研究者を志す。東京大学大学院農学生命科学研究科にて博士号(獣医学)取得後、同研究科特定研究員を経て、2005年からテキサス大学医学部とThe Marine Mammal Centerに在籍。2006年に国立科学博物館動物研究部支援研究員を経て現職。