育休を通じて「性別の壁」を体感

田中先生は、自身の専門である男性学の視点から解説してくれました。男性学とは、男性が男性であるがゆえに抱えてしまう問題を対象にした学問。こうした問題には、働きすぎや自殺、過労死、地域や家庭での居場所のなさ、育休取得への壁、平日の昼間に出歩いていると「まともな男性ならこの時間は働いているはず」と怪しまれる「平日昼間問題」などが含まれるそうです。

この中でダイバーシティ経営に特に影響が大きいのは、女性はすんなりと取得できるのに男性は言い出しにくい「育休取得の壁」と、同じく女性は怪しまれないのに男性は怪しまれる「平日昼間問題」の2つ。いずれも、育休を取得しようとした、あるいは実際に取得した男性の多くが経験すると言います。

「これによって男性たちは、性別が壁になる、性別によって制限を受けるという事態を初めて経験します。この経験は、女性が性別から受けている影響やLGBTQの方々の状況などを想像するのに大きく役立つでしょう。つまり、男性育休には、ダイバーシティ経営に対する男性の当事者意識を高めるという利点があるのです」

田中先生は、「だからこそ企業は男性育休の推進に取り組むべき」と強調します。男性の育休取得は、それまで職場だけに偏っていた視野を家庭や地域、趣味などのプライベート領域へと広げるのに役立つうえ、将来的には退職後の居場所問題の解消にもつながりそうです。

現在、一見すると男性の育児参加は大きく前進しているように見えます。2010年には厚生労働省が「イクメンプロジェクト」を始動させ、「イクメン」が流行語になったり、企業が男性育休取得に取り組み始めたりと、さまざまな動きがありました。

しかし、田中先生は「世間一般のイクメンのイメージはフツメン(=普通のメンズ)にプレッシャーを与える」と指摘。育児を経験したおかげで仕事も効率的にできるようになったと涼しげな表情で語る“デキる父親”――。そんなイクメン像を体現できる男性は、現実的にはほとんどいないだろうと言います。

「フツメンにとっての現実路線は、労働時間や成果を犠牲にして育児時間を確保する方向だと思います。加えて、仕事と育児の両立には、子どもの急な発熱で出先から保育園に寄るなど、公私混同せざるを得ない場面も多いのです。男性の育休や育児参加は、仕事の効率を高めるということよりも、これまで女性だけが担ってきた両立の実態を体感し、理解できるようになるという点に意義があるのです」

木下 明子編集長(写真左)と田中 俊之(写真右)
撮影=小林久井(近藤スタジオ)