(出演者)
大妻女子大学人間関係学部准教授、プレジデント総合研究所派遣講師
田中 俊之(たなか・としゆき)
『プレジデント ウーマン』編集長
木下 明子(きのした・あきこ)
男性育休の推進に悩む担当者が多数
2022年10月から始まった「出生時育児休業(産後パパ育休・男性版産休)」制度。これは、男性が子の生後8週間以内に4週間まで休業を取得できる制度で、企業には従業員への制度の周知や取得意向の確認が義務付けられました。
そこで、今回の研究会では「男性育休」をテーマに取り上げました。開催前には、会員に対して男性育休に関するアンケートを実施。冒頭、その結果について『プレジデント ウーマン』の木下明子編集長から説明がありました。
アンケート結果によると、現在、男性育休に関する研修を行っている企業は40%弱。ただ、人事・ダイバーシティ担当者の中には悩みを抱えている人も多いようで、「どうやって取得を促進したらよいか」「育休時の人員・業務調整方法を知りたい」「上司・同僚の理解を得るにはどうしたらよいか」などの声がありました。
「男性育休については、取得率は高くても平均取得日数が少ないなど、どの企業もさまざまな課題を感じているようです。自社の取得状況について『十分でない』と回答した人は約95%にものぼりました。今回は、取得が進まないのはなぜか、どのような男性育休研修が必要なのかといったことについて、講演や議論を通じて考えていきたいと思います」(木下編集長)
続いて、大妻女子大学人間関係学部准教授の田中俊之先生による「なぜダイバーシティ経営に男性育休が必要なのか」と題した講演が始まりました。近年はダイバーシティ経営(多様な人材を生かすことでイノベーションを生み出し価値創造につなげる経営)が重視されていますが、取り組みが進んでいない企業も少なくありません。
旧来的な家族観はもう通用しない
なぜ取り組みが進まないのか、何が障壁になっているのか――。田中先生は「旧来的な家族観が障壁になっている」と語り、そうした家族観の具体例として次の3つを挙げました。
【旧来的な家族観とは】
①誰もが結婚するという前提で
②男性は経済的な大黒柱となり
③女性は家事・育児、あるいは介護といったケア役割を果たす
「現状では、男性育休が取得しにくい企業は少なくありません。背景には『男性は仕事、女性は家庭』という、上記の3つを前提とした考え方があります。しかし、今はもう、この前提は成り立たなくなっているのです」
まず①については、「今は単身者がかなり多くなっている」と田中先生。2020年の50歳時の未婚率は男性28.3%、女性17.8%で、今や50代男性のおよそ3人に1人はシングル。ここから、誰もが結婚するという前提はすでに通用しなくなっていることがわかります。
②については、バブル崩壊やリーマンショック以降、男性の給与は下がり続けており、旧来の「男性稼ぎ手モデル」が崩れつつあると解説。父親が大黒柱となり、その稼ぎで家族全員が食べていける時代は終わりつつあると言います。
③は女性が結婚や妊娠、出産を機に仕事を辞めていた時代の話であり、近年はこれが急激に変化。国立社会保障・人口問題研究所の出生動向基本調査(2022年)によると、第1子出産後も就業を継続する女性は2010年代から劇的に増え、現在では50%強にのぼっているそうです。
「私たちはまず、家族観のこうした変化を認識する必要があります。そして結婚や妊娠、出産を経て働き続ける女性が増えた今、企業はそうした変化への対応策を、働く女性をパートナーに持つ男性は家庭での役割を、あらためて考えていくことが大事です」
時代の変化によって、男性の育休取得率は1996年にわずか0.1%だったのが2021年には全国平均で約14%にまで増加。この比率は東京都内に限ると約24%で、取得者は珍しい存在ではなくなってきました。では男性育休は、ダイバーシティ経営にどんな影響をおよぼすのでしょうか。
育休を通じて「性別の壁」を体感
田中先生は、自身の専門である男性学の視点から解説してくれました。男性学とは、男性が男性であるがゆえに抱えてしまう問題を対象にした学問。こうした問題には、働きすぎや自殺、過労死、地域や家庭での居場所のなさ、育休取得への壁、平日の昼間に出歩いていると「まともな男性ならこの時間は働いているはず」と怪しまれる「平日昼間問題」などが含まれるそうです。
この中でダイバーシティ経営に特に影響が大きいのは、女性はすんなりと取得できるのに男性は言い出しにくい「育休取得の壁」と、同じく女性は怪しまれないのに男性は怪しまれる「平日昼間問題」の2つ。いずれも、育休を取得しようとした、あるいは実際に取得した男性の多くが経験すると言います。
「これによって男性たちは、性別が壁になる、性別によって制限を受けるという事態を初めて経験します。この経験は、女性が性別から受けている影響やLGBTQの方々の状況などを想像するのに大きく役立つでしょう。つまり、男性育休には、ダイバーシティ経営に対する男性の当事者意識を高めるという利点があるのです」
田中先生は、「だからこそ企業は男性育休の推進に取り組むべき」と強調します。男性の育休取得は、それまで職場だけに偏っていた視野を家庭や地域、趣味などのプライベート領域へと広げるのに役立つうえ、将来的には退職後の居場所問題の解消にもつながりそうです。
現在、一見すると男性の育児参加は大きく前進しているように見えます。2010年には厚生労働省が「イクメンプロジェクト」を始動させ、「イクメン」が流行語になったり、企業が男性育休取得に取り組み始めたりと、さまざまな動きがありました。
しかし、田中先生は「世間一般のイクメンのイメージはフツメン(=普通のメンズ)にプレッシャーを与える」と指摘。育児を経験したおかげで仕事も効率的にできるようになったと涼しげな表情で語る“デキる父親”――。そんなイクメン像を体現できる男性は、現実的にはほとんどいないだろうと言います。
「フツメンにとっての現実路線は、労働時間や成果を犠牲にして育児時間を確保する方向だと思います。加えて、仕事と育児の両立には、子どもの急な発熱で出先から保育園に寄るなど、公私混同せざるを得ない場面も多いのです。男性の育休や育児参加は、仕事の効率を高めるということよりも、これまで女性だけが担ってきた両立の実態を体感し、理解できるようになるという点に意義があるのです」
これからの上司像や働き方を考える
男性の育休や育児参加は男性の意識に変容を起こすもの。そして、それこそが企業のダイバーシティ推進に大きな効果をもたらすと言えそうです。では会社側は、この変容を後押しするために何を重視すべきなのでしょうか。
最大のポイントは「有能な上司」。ここで言う有能な上司とは、育児中の人や単身者などさまざまな部下をフラットな視線で見て、円滑に業務が遂行できるように全体を管理できる人のこと。今後は、部下の多様な働き方に柔軟に対応できる人こそが有能な上司であり、ダイバーシティ経営にはこうした人材の登用が必須だと言います。
最後に、田中先生は「今後、企業は1日8時間・週40時間労働を“最低限”ではなく“普通”と考え、育休で離脱する人も含めて誰もが働き続けやすい組織をめざすべき」と語り、次のように講演を締めくくりました。
「そして個人は、職場・地域・家庭・個人内それぞれに居場所をつくろうという意識を持ってほしいと思います。これまではなかった『男性育休』という事態に皆で対応することが、組織を変え、ひいてはそこで働く個人の生き方も変えていくだろうと期待しています」
続いて質疑応答が行われ、その後、田中先生、木下編集長、参加者によるグループディスカッションを実施。人事・ダイバーシティ担当者が感じている課題の解決方法などを皆で考えました。
男性育休については、各社とも取得は進んでいるものの、日数は数日〜2週間程度と短いのが現状のよう。当の男性社員からは「休むことに抵抗感がある」「取得によって評価が下がるのでは」「取得中は給与が下がる」といった声が上がっているそうです。
これに対しては、「男性が育休を長期取得しても元のポジションに復帰できるよう支援し、そうした事例を社員にしっかり見せていく」といった意見が出たほか、給与が下がった分をどう補填するかという点についても話し合われました。
また公私混同については、在宅勤務中の家事育児禁止など厳しいルールを設けている企業もあるとのこと。しかし、「あまりに厳しくすると逆に業務効率が落ちる場合もある」との意見も。今後は育児だけでなく、介護などとの両立を望む社員も増えていくと予想されることから、一律にルール化するよりも、個々のケースに合わせて柔軟に運用できる仕組みづくりが求められそうです。
今回の研究会は、男性育休の意義やあり方について多くのヒントが得られる機会となりました。今後も人事・ダイバーシティの会では、日本の組織や人を変えるべく、ダイバーシティや次世代人材育成にまつわるさまざまな課題を取り上げていくとのことです。