アバター利用に潜む社会的課題

アバターが受け入れられる社会には、これまでふたつの大きな課題があった。ひとつは、人びとがリモートワークに慣れていなかったことだ。しかしコロナ禍の影響で、家にいながらのリモートワークはむしろ望ましいものとなっている。もうひとつは、人びとがアバターに乗り移って働くことに慣れていないことだ。「簡単に使えるということが大事です。しゃべるだけで、思い通りに動く。あれも操作しないといけない、これも操作しないといけないだったら、大変じゃないですか。ぼくがしゃべっているだけで、ぼくの代わりのロボットが身振り手振りもつけてしゃべってくれる。聞き取りにくい音声は聞き取りやすくするし、相手の顔が見えにくかったら、顔認識して『今、笑っています』などと画面のなかで表示したりして、人間の知覚能力を補ってくれる。そういう技術をどんどん作っていかないと、簡単に使えるということにはならないですね」

今まではひとりの人間にとって世界はひとつのものだった。それが様々なアバターを使うことで、実世界での活動が多様に広がり、あるいは仮想世界で働いたり活動したりすることが可能になってくる。同時にそこでは匿名性の問題、能力をアバターで拡張することの問題、複数の存在を持つことの問題など、倫理面も含めた様々な問題が出てくる。

開発するだけでは、社会に受け入れられない

石黒の研究グループは、アバター自体を開発するグループ、アバター基盤を実現するグループ、実証実験に取り組むグループ、そして倫理問題に取り組むグループなど、八つのグループで同時並行的に作業を進めている。ユニークなのは、アバターを使ったとき、周囲の環境にどのような生態的影響を及ぼすかを調べるグループもあることだ。

中村尚樹『最先端の研究者に聞く 日本一わかりやすい2050の未来技術』(プレジデント社)
中村尚樹『最先端の研究者に聞く 日本一わかりやすい2050の未来技術』(プレジデント社)

「倫理や環境面も含めて、様々な問題を慎重に議論していくことにしています」石黒は、自分のムーンショットプロジェクトが目指す社会は確実にくると予想している。そこで多くの会社と協業し、自分でもベンチャー企業を立ち上げて、アバターの社会実装を目指している。「ぼくらが取り組んでいるのは『メディア系のロボット』と呼んでいるのですけれど、社会のなかで使われることによって明らかになるような課題は、社会実装と一緒に研究開発していかないといけない。その意味で『できたらいいね』ではなく、確実につくるべき未来に向かって研究開発していると思っています」

石黒は「人間とは何か」について、考え続けている。アバター共生社会の実現を目前に控えて、私たちも同じ問いかけに、自分なりの答えを用意すべきときが近づいている。

【関連記事】
「10万人の胃腸を診た専門医が警鐘」日本人の約5割が毎朝食べている胃腸に最悪の"ある食べ物"
日本の技術力を世界に示した…負け続きのホンダF1チームを再生した「物分かりの悪いジジイ」の口癖
1247万回再生だったのに収益は328円…ユーチューバーが「稼げない仕事」に激変してしまった根本原因
新型プリウスはHEVか、PHEVか…元トヨタ担当の戦略プランナーが最後の最後で購入を見送った納得の理由
エアバスCEOは「3社独占になる」とため息…航空業界に激震が走った「中国製ジェット旅客機」のすごい完成度