離婚後、セラピストとして勝負に出る

ちょうど一年前。六本木のミッドタウンで彼女に出くわしたことがある。やや疲れているようにも見えたが、それはお互いさま。しばらく立ち話をしているうちに、彼女の声に張りが出て、笑顔が戻った。

ジェーン・スー『おつかれ、今日の私。』(マガジンハウス)
ジェーン・スー『おつかれ、今日の私。』(マガジンハウス)

「今日、ばったり会えてよかったよ。なんだか大丈夫な気がしてきた!」

そう言うと、彼女は颯爽と立ち去っていった。

あとから聞いた話だが、あのときは不安でいっぱいだったらしい。離婚後、セラピストとして勝負に出るため激戦区に店をかまえると決めたが、家賃が思った以上に高かった。果たして自分ひとりで賄えるのかと、気が気ではなかったそうだ。あれから一年間、遮二無二頑張ったんだろう。いまではもうひとつ部屋を借りてもびくともしないくらい、彼女の仕事はうまくいっている。目前で肉と野菜を頰張る彼女の表情に、憂いは見当たらない。

一歩踏み出せば結果的になんとかなる

ふと、ずいぶん昔に私が付き合っていた、彼女もよく知る相手のことを思い出し、どうしているかと尋ねてみた。

「海外に住んでるらしいよ。チラッと写真を見ただけなんだけどさ、ネルシャツを着て、胸元くらいまでボワーッと髭を伸ばしてた」

まさか! 髪の毛一本から靴のつま先まで、全身すべてのパーツが「東京しか愛せない」と叫んでいるような、あのおしゃれLOVE男が⁉

「人って、思いもよらない方向に変わるよね」

彼女が笑った。その通りだ。私たちだって、取捨選択を繰り返し、かなり変わったもの。

「変わってからのほうが、楽しいよね」

彼女が続ける。私は深く頷いた。

この20数年で学んだことは、一歩踏み出せば結果的になんとかなる、ということ。彼女も私も、踏み出したからこそ「これから先も、なんとかなる」と自分を信じられるようになった。昔ほどの気力体力はないが、「おつかれさま」と互いを労いながら、我々は今日も生きている。

あと20年経ったら、二人はどこでどんな風に暮らしているだろう。仕事とプライベートが大きく変わっていたとしても、こうやって変わらず鍋を囲めたら、それ以上の喜びはない。

ジェーン・スー(じぇーん・すー)
作詞家、コラムニスト、ラジオパーソナリティ

1973年、東京生まれの日本人。現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」のMCを務める。『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』(幻冬舎文庫)で第31回講談社エッセイ賞を受賞。著書に『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』(ポプラ文庫)、『女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。』(文藝春秋)、『今夜もカネで解決だ』(朝日新聞出版)などがある。