骨折してもいい…母の覚悟

こうめいさんには一つ、心配していることがあった。

田村 建二『2冊のだいすきノート』(光文社)
田村 建二『2冊のだいすきノート』(光文社)

もっちゃん、こっちゃんは、退院したママに甘えたくて、しょっちゅう飛びかかったり、よじ登ったりする。甘えたくて、遊びたくて仕方がないのだろうが、その衝撃でがんの転移で弱っている骨が折れてしまうんじゃないか。こうめいさんは、外来受診のとき、近藤さんに相談した。

近藤さんは、「スキンシップは大切だから、止める必要はないよ」と言いつつ、「骨はたしかに弱っているから、そのことを子どもたちにきちんと伝えて。それで、2人がわかってくれるといいね」とすすめた。

そのうえで、2人がくっついてくるときはなるべく、みどりさんが椅子に座るなどして、安定した状態でいるようにすることを提案した。

実際、こうめいさんは一度、こんなふうに言って、注意したことがあった。

「ママはいま、骨が弱くなっている。だから、強くぶつかったりしたら、折れてしまって、ママが痛い思いをすることになるかもしれない。だからそんなふうに、パパに飛び乗るみたいにして、ママに飛び乗るのはよくないよ。抱きつくんじゃなくて、手を握るのはどうかな」

こうめいさんがそう言うと、2人は元気に「うん、わかった!」と返した……と思ったら、またすぐ、みどりさんに飛び乗った。

こうめいさんは「おい! ぜんぜんわかってないやん」とツッコミを入れるしかなかった。

もっとも、みどりさん本人は、2人が飛び乗ってきてもちっとも気にせず、「好き、好き」と言いながら、2人をハグしていた。

たとえ骨折してもいいから、いまは子どもとの時間をしっかり楽しもう、愛情を伝えよう。みどりちゃんはそう決めているんだな。こうめいさんはみどりさんの覚悟のようなものを感じた。

田村 建二(たむら・けんじ)
朝日新聞記者

1967年、神奈川県川崎市生まれ。1997年、朝日新聞社入社。福井支局、京都支局(いずれも現総局)を経て、東京科学部に所属。その後、名古屋社会部、大阪および東京の科学医療部、医療サイト「アピタル」編集長などを経て、2022年4月から東京くらし報道部に在籍。編集局編集委員。生殖医療、いわゆる生活習慣病、がん、遺伝子診療などの分野を担当し、新型コロナウイルス感染症の取材にも関わる。