なぜ人間のモデルを起用しなかったのか
ところでなぜ貝印は、広告に人間のモデルを起用しなかったのか。
齊藤さんいわく、「バーチャルヒューマンの『MEME』は、人間と違い、自身の価値観を感じさせない。だからこそ、外見にコンプレックスを抱えるさまざまな人々に寄り添い、彼らが声に出せない複雑な思いを代弁できると考えました」とのこと。
筆者はバブル世代。恥ずかしながら頭のどこかに「女性はムダ毛を剃るべき」や「男性の体毛はワイルドな印象で悪くない」といった、古い既成概念があります。
でも、いまの「Z世代」は違う。彼らは、学校教育で少なからず「SDGs」に関連する要素、すなわち貧困や環境問題、LGBTQ、ジェンダー平等などについて学び、強く反応する世代。
だからこそ齊藤さんは「この広告が、若い世代に反響を呼ぶに違いない」と信じたのです。
認知度が約7ポイント向上
20年8月、広告(看板)が渋谷の街に掲出されるころには、社内にも理解者が増えていた。齊藤さんが部下と街に出向くと、複数の若者が、看板を見つめていたといいます。
「その瞬間、とにかくホッとした。長い間、苦労して育てた大事な“子ども”を、ようやく社会に送り出したような気分でした」
その後、広告はZ世代を中心に、広く社会でも「剃る・剃らない」の議論を盛り上げました。19~24歳の同社認知度は、およそ7ポイントも上昇したそうです。
また21年4月にスタートさせた、プラスチックごみを出さない「紙カミソリ」のテスト販売も、若者を中心としたSDGs(ごみ問題ほか)の概念を意識して始めたこと。
あえて「組み立て式」とし、紹介用の動画をネット上にアップすると、ジャパン・タイムズなど海外や外国語のメディアが「ORIGAMI(折り紙)」のキーワードで紹介してくれた。
その結果、TikTokに投稿された動画の再生回数は、瞬く間に1600万回を超え、テスト販売は3日で完売に。翌22年3月からは、全国のローソンでも先行販売を始めました。