社長も社員もパートも、働くのは全員女性。福利厚生として会社でネイルサロンの施術を受けられ、仕事を休むときは社長にLINEで連絡すればOK――。精密加工部品の検査会社、「泰交精器」(長野県諏訪市)は、働きやすさにとことんこだわる会社だ。そこには、主婦、パート、闘病……さまざまな経験を経て起業した社長の田中泰江さん(61)の思いが込められている。ライターの山本奈朱香さんがリポートする――。 (後編/全2回)
泰交精器社長の田中泰江さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
泰交精器社長の田中泰江さん

「小説を読むように」図面を見た

前編から続く

田中さんが起業したのは54歳のとき。それまでも長年「精密機械部品検査」の世界に関わってきたものの立場はパートで、まわりは女性ばかりだった。社長として仕事先に行くようになると、今度は逆に男性がほとんど。「女だから、こんなことはわからないでしょ」と言われたり、意地悪な質問をされたり。馬鹿にされていると感じることが多かった。仕事からの帰り道に、ぼろぼろと泣きながら車を運転したこともあった。

2016年4月、起業したばかりの頃の田中さん(左)。従業員とともに、地元の有名な祭り「御柱祭」で
2016年4月、起業したばかりの頃の田中さん(左)。従業員とともに、地元の有名な祭り「御柱祭」で(本人提供)

「それはもう悔しかった。なにがなんでも全部覚えようと思って、夜な夜な小説を読むように図面を見ました」

図面ファイルを作り、わからないことをしらみつぶしに学ぶうちに、図面を見ただけで製品がぱっと頭に浮かぶようになった。それだけではない。「どのピンセットをどう持てば製品を落とさずに検査できるか」まで考えられるようになった。

「やっているうちにだんだん『図面、おもしろいな』と感じて、楽しくてしかたがなくなったんです」

いまでは、取引先企業から意見を求められるまでになった。田中さんの次女で、泰交精器の専務でもある前田梨紗さん(37)は「私も取引先によく同行するのですが、社長は本当に信頼されているのがわかる。自分でその地位を築きあげてきたのはすごいな、と思います」。

荷姿の美しさにもこだわり

会社を立ち上げたときには、検査するのにベストだと思う照明の配置や照度、配列などにこだわった。作業机は既製品には良いと思えるものが見つからず、大工さんに作ってもらった。パートで働いていたときに「こうしたらもっと仕事がしやすいのでは」と思っていたことばかりだ。

「荷姿」の美しさにも注意を向ける。製品の向きを揃え、ラベルの向きや長さにも気をつかう。「ぱっと開けた時に『きれいだね』と思ってもらえることを目指してきた。ガチャガチャしていると、どんなに綺麗な製品でも汚く見えるんですよ」

泰交精器社内の様子。机や椅子の高さ、照明の明るさや位置にもこだわった
撮影=プレジデントオンライン編集部
泰交精器社内の様子。机や椅子の高さ、照明の明るさや位置にもこだわった