比留間榮子さんは大正12年に生まれ、2025年に101歳でこの世を去った薬剤師だ。戦争や家族の病気に見舞われながらも、亡くなるほんの少し前まで薬局に立ち続けた。彼女を長く支えたものは、一体なんだったのか。比留間さんは生前「自分に気を配る時間をとれば、必要な『くすり』は見えてくる」と語っていた――。

※本稿は、比留間榮子『ほどよくまわり道して生きていく』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。

処方箋を見ながら薬を手に取る薬剤師
写真=iStock.com/PeopleImages
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「今を生きている」人でいる

人に何かをアドバイスするのは、なかなか難しいものだと思います。

「伝わらない」と思うときは自分の価値観の中で話をしていることもよくあるものです。誰かに「伝わる」には、相手と同じく、今の時代を生きているかどうか、同じ世界で話をしているか、がとても大切な気がします。相手の今を見ずに、「昔はこうだったのよ」「そのくらい誰もがやっていたわ」と、自分の時代を押しつける「昔の人」にはなりたくないなぁと思うのです。

今のあなたのお困りごとは何ですか?

私たちの時代にはわからない大変さもおありでしょう。

終わったことは、いったん傍に置いておいて、まずは、今、お感じのことを話してみて。

私の経験が役立つことも、もしかしたら少しはあるかもしれません。

そのくらいの謙虚な気持ちで、「今」という時間を共有してみることです。相手の「今」に最大限関心を持つだけでいいのです。

とはいえ私が「今を生きていたい」と切に思う一番の理由は、「ほかの人が知っていて自分だけが知らないなんてつまらない」……ってことかもしれません。

「今に関心を持つ」という心持ちがあれば、人にも自分にも好奇心を持って関わることができます。

日々淡々と、「疲れた」とは言わない

私は、「疲れた」という言葉を使わないようにしています。理由は簡単です。その言葉を使っていると本当に疲れてしまうからです。

こういう言葉が口ぐせになってしまったら大変。「疲れた」と言うたびにからだが反応して、本当は疲れてもいないのに、からだはそれに応えるように、実際疲れてしまうように思います。

もちろん、スタッフたちに強要するわけではありませんが、私が「疲れた」と言わないことは知れ渡っているようで、若いスタッフも「疲れた」と言っていられなくなるとのこと。私が元気でいることが、周囲の元気のもとになっているのだとしたら、うれしいことです。

一緒に薬剤師として働く孫の康二郎こうじろうに「そもそも普段からあまり肩に力が入っていないから、疲れないのかもしれないですね」と言われたことがあります。

確かに、そうかもしれません。

朝から晩まで薬局に立っていますが、それは私にとって習慣であり、あたりまえのこと。習慣になっていることは、「疲れた」と感じる前に、からだが勝手に動いてくれます。習慣化されたことを淡々とこなしていると、不思議なことに、疲れを感じる暇もないのです。

毎日やらなくてはならないことは、淡々と、習慣化してやっていくこと。それが、疲れずに、長く続けるコツかもしれませんね。