弱みを見せあえる会社に

検査は集中力が必要な仕事なので、みんなの体調にも気を配る。さらに、田中さん自身が気持ちや体調面で不安があるときは早めに「今日はもうダメだ」と伝えてしまうという。

「弱みを見せあえるのが良いような気がして、それをやってきました」

家族のことで悩みがあるとき、風邪で体調がすぐれないとき、睡眠不足、生理前のイライラや生理中の不調、更年期……。日によって仕事の調子がいい時と悪い時があるのは当たり前。調子が悪いときに無理をして頑張るのは、本人のためにも会社のためにもならないからだ。

とはいえ、プライベートなことを勤務先では話したくない人がいるのも事実。「話したくない人にプレッシャーを与えるようなことはしたくない」と、バランスに悩みつつ「向こうから発信してくれたときには、なるべく応えたい」と考えているそうだ。

名字ではなく名前で呼び合う

泰交精器では社員もパートも、名字ではなく名前で呼び合い、タイムカードにも女性たちの名前が並ぶ。女性は結婚すると名字を変える人が多く、子どもが生まれると『○○ちゃんのお母さん』と呼ばれることが増える。田中さんは「でも、ちゃんと名前があるんですよ。社内だけは、生まれたときにもらった名前で呼ぼうと思って。親近感もありますしね」と話す。

20代から50代の人たちが中心だが、70代や80代の女性もいる。彼女たちにお願いしているのは、伝票の整理や商品の整頓などの軽作業だ。

「軽作業をしてもらっているけれど、仲間意識が出てきて『これは不良じゃない?』と見つけてくれることもある。今朝は、ある方が『私はここに骨を埋めるつもりだから』と言ってくださって、すごく嬉しかった。ありがたいですね」

田中さんには、歳を重ねた女性たちにとっての「きょういく(今日、行くところ)」と「きょうよう(今日、用事がある)」の場を作りたい、との思いがある。さらに、幼い子どものいる女性たちが働いている間、子どもたちが学校から会社に寄って帰れるようにできればとも考えている。仕事を終えた70代や80代の女性たちと、学校帰りの子どもたちがなんとなく一緒にいられる空間があれば双方にとってプラスなのでは、と思うからだ。泰交精器だけの力では難しいため、行政とも相談しながら道を探っているところだ。

新しい発展を加えてほしい

田中さんは近い将来、次女で専務の前田さんに事業を継承するつもりだ。

前田さんは何度も「本音は?」と聞かれて考えた末、「継ごう」という気持ちが固まってきたという。「子ども2人を育てながら母と働くうちに『女性が働きやすい環境を作りたい』という気持ちが芽生えてきました。いま、張り付いていろいろと学んでいます」

田中さんは楽しそうに話す。「私がやっていることをすべて継承して、そこに新しい発展を加えていってもらえたらな、と思っています」

山本 奈朱香(やまもと・なすか)
ライター

京都生まれ。小学生の3年間をペルーで過ごす。大学院修了後に半年間バックパッカーで海外をめぐった後、2006年に朝日新聞社入社。青森総局、東京社会部、文化くらし報道部などを経て2023年に退社。関わった書籍は『「小さないのち」を守る』『Dear Girls』『平成家族』『調理科学でもっとおいしく定番料理』(いずれも朝日新聞出版)。ヨガインストラクターとしても活動。