外資系から転職してきたマーケター

その人物は、転職組で同マーケティング本部の齊藤淳一さん。

彼はそれまで、外資系の映画会社などでインターネットマーケティングを中心に担当。顧客一人ひとりの声に耳を傾ける「N=1」の大切さを、痛感していました。

貝印 マーケティング本部の齊藤淳一さん。転職後実施した調査は衝撃的な結果に。
写真提供=貝印
貝印 マーケティング本部の齊藤淳一さん。転職後実施した調査は衝撃的な結果に。

貝印に転職した時(16年)、社内では「最近、若い顧客との距離が広がっているのでは?」と、漠然と懸念する人たちがいた。彼を招き入れた若き4代目社長(COO)・遠藤浩彰さん(85年生まれ)も、その一人でした。

「だったら、まず熱狂的な貝印ファンを育てるべきだ」と考えた齊藤さん。17年、社内で「従来の外部調査とは別に、自社で『会員(「Club KAI」、SNSフォロワーなど)』の方々を対象に、さまざまな調査をかけてみましょう」と提案したのです。

ですが、「他の部署の反応は芳しくなかった」とのこと。

同社は当時、ネットやSNS関連の運用を、おもに外部企業に任せていました。一般には「ファンベース」マーケティングの重要性も囁かれていましたが、社内にマーケティングの知識が浸透している状況ではなく、ファンを育てることへの関心も弱かった。

連日のように一人、顧客(会員)データと“にらめっこ”する齊藤さんを見て、「そんなことをする必要があるの?」と首を傾げる人も多かったといいます。

それでも齊藤さんは、諦めませんでした。「必ず突破口があるはず」と必死で模索し、なんとか自社が創業以来受け継いできた、ものづくりに関するキーワードを探り当てた。それが、「野鍛冶の精神」でした。

100ページ近い社内提案書をつくり、1年がかりで社内を説得

「野鍛冶」はかつて、生活者の声に耳を傾け、暮らしのなかで必要とされる道具を広く手掛けていこうと奮闘した人々。

同社も創業以来、こうした心構えで顧客ニーズに応えた結果、医療用メスや大工道具、農機具の一部に至るまで、およそ1万アイテムを扱うようになりました。

だからこそ齊藤さんは、顧客の声を聞く重要性を「野鍛冶の精神と同じです」と訴えることで、社内理解を得ようとした。

コンセプトに沿って100ページ近い社内提案書を作り上げ、あちこち部署を回って重要性を説き、1年後、ようやく貝印ファンを育てる「熱狂戦略プロジェクト」の許可がおりたといいます。