若者の支持を得るために企業はどうすればいいのか。老舗メーカーの貝印が調査を行ったところ、19~24歳の若者の間では同社の認知度が2割台という結果が出た。社内には衝撃が走り、広告などコミュニケーションを刷新。マーケティングライターの牛窪恵さんが取材した――。

将来への危機感

年々加速する、少子高齢化。2024年、日本の人口の中央値は、およそ「50歳」になると推計されます。50歳未満と50歳以上の人口が、ほぼ同じ割合になるのです(国立社会保障・人口問題研究所より)。

5~10年後を考えれば、企業は若者よりシニア世代に支持されたほうが、多くの商品やサービスを購入してもらえて、売り上げや利益も上がるかもしれない。

一方で、15年後も変わらずシニアの顧客に甘え、若い世代に愛されなければ、確実に自社の顧客は減っていく……。

そんな未来に危機感をおぼえ、広告を通じ、「Z世代(筆者の定義では、18~27歳)」など若者たちと真剣に向き合う企業があります。

その代表が、カミソリなど刃物を扱う「貝印」(東京・千代田区)。

創業114年の老舗企業の斬新な広告

2020年夏、「#剃るに自由を」と訴求する広告を掲出し、若い世代からも大いに注目を集めました。

2020年、若者の間で話題になった広告。
2020年、若者の間で話題になった広告。(写真提供=貝印)

起用した広告モデルは人間でなく、CGによる「バーチャルヒューマン」。そのモデル(「MEME(メメ)」)は堂々とわき毛を見せ、「ムダかどうかは、自分で決める。」と力強いメッセージを発信。たちまち、SNSを中心に「どう思う?」など、議論を呼んだのです。

もっとも貝印は、日本人として初の国産カミソリ替刃を製造し、「使い捨て(ディスポーザブル)カミソリ」や爪切りなど、刃物の多くの分野で国内トップのシェアを誇ってきた企業。創業は、100年以上前の1908年で、「なぜ老舗企業が、これほど大胆な広告を?」と驚いた人も多かった。

実はその裏には、4代続くファミリーカンパニー(貝印)に新風を吹き込んだ、キーマンがいました。

外資系から転職してきたマーケター

その人物は、転職組で同マーケティング本部の齊藤淳一さん。

彼はそれまで、外資系の映画会社などでインターネットマーケティングを中心に担当。顧客一人ひとりの声に耳を傾ける「N=1」の大切さを、痛感していました。

貝印 マーケティング本部の齊藤淳一さん。転職後実施した調査は衝撃的な結果に。
写真提供=貝印
貝印 マーケティング本部の齊藤淳一さん。転職後実施した調査は衝撃的な結果に。

貝印に転職した時(16年)、社内では「最近、若い顧客との距離が広がっているのでは?」と、漠然と懸念する人たちがいた。彼を招き入れた若き4代目社長(COO)・遠藤浩彰さん(85年生まれ)も、その一人でした。

「だったら、まず熱狂的な貝印ファンを育てるべきだ」と考えた齊藤さん。17年、社内で「従来の外部調査とは別に、自社で『会員(「Club KAI」、SNSフォロワーなど)』の方々を対象に、さまざまな調査をかけてみましょう」と提案したのです。

ですが、「他の部署の反応は芳しくなかった」とのこと。

同社は当時、ネットやSNS関連の運用を、おもに外部企業に任せていました。一般には「ファンベース」マーケティングの重要性も囁かれていましたが、社内にマーケティングの知識が浸透している状況ではなく、ファンを育てることへの関心も弱かった。

連日のように一人、顧客(会員)データと“にらめっこ”する齊藤さんを見て、「そんなことをする必要があるの?」と首を傾げる人も多かったといいます。

それでも齊藤さんは、諦めませんでした。「必ず突破口があるはず」と必死で模索し、なんとか自社が創業以来受け継いできた、ものづくりに関するキーワードを探り当てた。それが、「野鍛冶の精神」でした。

100ページ近い社内提案書をつくり、1年がかりで社内を説得

「野鍛冶」はかつて、生活者の声に耳を傾け、暮らしのなかで必要とされる道具を広く手掛けていこうと奮闘した人々。

同社も創業以来、こうした心構えで顧客ニーズに応えた結果、医療用メスや大工道具、農機具の一部に至るまで、およそ1万アイテムを扱うようになりました。

だからこそ齊藤さんは、顧客の声を聞く重要性を「野鍛冶の精神と同じです」と訴えることで、社内理解を得ようとした。

コンセプトに沿って100ページ近い社内提案書を作り上げ、あちこち部署を回って重要性を説き、1年後、ようやく貝印ファンを育てる「熱狂戦略プロジェクト」の許可がおりたといいます。

若者の認知度が2割台という衝撃データ

念願の調査からまず見えたのは、60代以上における、自社認知度の高さ。貝印を知るシニアは、男性で83%、女性では94%にものぼりました。

一方で、約30万人に及ぶ全会員の平均年齢は「55歳」だったと判明。19~24歳の認知度が2割台に留まることも分かり、社内には衝撃が走ったといいます。

貝印 マーケティング本部の齊藤淳一さん。
写真提供=貝印
貝印 マーケティング本部の齊藤淳一さん。

シェアの高さから考えれば、いまも多くの家庭に、貝印の包丁や爪切りなどがあるはず。でも近年、同社はパッケージなどに印刷するロゴや社名を控えめにしており、「若い世代の多くは、使っていても『貝印製』とは認識していないのでしょう」と齊藤さん。

そこで18年夏以降、彼が「若い世代の思いを知ろう」と日課にしたのが、SNSの呟きを追うこと。多い日は1日に100件以上、若者の呟きと思しき「カミソリ」「ムダ毛」などのキーワードを目で追い続けました。

時には自社へのネガティブな投稿に、心を痛めることもあったそうです。

このころ、世界的に“見た目”やジェンダーを巡る論争がヒートアップ。

セクハラ被害を次々と世に訴える「#MeToo」運動(17年~)や、レディー・ガガのポジティブなカミングアウト、すなわち「わき(毛)」や「脚の毛」を「どう?」と見せたり、「一定期間、剃っていない」としたりする発言や投稿(17年/19年)が話題でした。

また20年、日本でも美大生(当時)が「体型のコンプレックスを煽るような表現で、商品を宣伝するのはやめてほしい」と呼びかけ、たちまち3万人もの署名を集めました。

剃るか剃らないかは自分で決めたい人が9割

こうしたなかで、齊藤さんが目にしたのは、「なぜ男は(処理を)しなくてもいいのに、女はツルツルじゃないとダメなの?」や、「そもそも『ムダ(毛)』って言い方がおかしくない?」など、ジェンダーや体毛の概念を疑問視する声の数々。

そこで20年、今度は15~39歳を対象に、剃毛・脱毛に関する調査を実施。

すると、まるでファッションや髪型のように、剃る・剃らないを「気分によって決めたい」とする人が8割超、「自分自身で自由に決めたい」とする人が9割超にものぼった。

ここから生まれたコンセプトが、先の「#剃るに自由を」だったのです。

なぜ人間のモデルを起用しなかったのか

ところでなぜ貝印は、広告に人間のモデルを起用しなかったのか。

齊藤さんいわく、「バーチャルヒューマンの『MEME』は、人間と違い、自身の価値観を感じさせない。だからこそ、外見にコンプレックスを抱えるさまざまな人々に寄り添い、彼らが声に出せない複雑な思いを代弁できると考えました」とのこと。

筆者はバブル世代。恥ずかしながら頭のどこかに「女性はムダ毛を剃るべき」や「男性の体毛はワイルドな印象で悪くない」といった、古い既成概念があります。

でも、いまの「Z世代」は違う。彼らは、学校教育で少なからず「SDGs」に関連する要素、すなわち貧困や環境問題、LGBTQ、ジェンダー平等などについて学び、強く反応する世代。

だからこそ齊藤さんは「この広告が、若い世代に反響を呼ぶに違いない」と信じたのです。

認知度が約7ポイント向上

20年8月、広告(看板)が渋谷の街に掲出されるころには、社内にも理解者が増えていた。齊藤さんが部下と街に出向くと、複数の若者が、看板を見つめていたといいます。

「その瞬間、とにかくホッとした。長い間、苦労して育てた大事な“子ども”を、ようやく社会に送り出したような気分でした」

その後、広告はZ世代を中心に、広く社会でも「剃る・剃らない」の議論を盛り上げました。19~24歳の同社認知度は、およそ7ポイントも上昇したそうです。

また21年4月にスタートさせた、プラスチックごみを出さない「紙カミソリ」のテスト販売も、若者を中心としたSDGs(ごみ問題ほか)の概念を意識して始めたこと。

「紙カミソリ」のテスト販売は3日で完売に。
「紙カミソリ」のテスト販売は3日で完売に。(写真提供=貝印)

あえて「組み立て式」とし、紹介用の動画をネット上にアップすると、ジャパン・タイムズなど海外や外国語のメディアが「ORIGAMI(折り紙)」のキーワードで紹介してくれた。

その結果、TikTokに投稿された動画の再生回数は、瞬く間に1600万回を超え、テスト販売は3日で完売に。翌22年3月からは、全国のローソンでも先行販売を始めました。

迷ったときにまずすべきこと

マーケティングの世界には、「迷ったらターゲットに戻れ」との定説があります。

企業やブランドが長く続くのは素晴らしい。半面、自社の商品やサービスを取り巻く環境は日々変化し、「理由はよく分からないけれど、最近なにかが違う」と違和感をおぼえ始める。齊藤さんが入社した直後の貝印が、その状態だったと言えるでしょう。

そんなとき行うべきことは、彼がとった行動ともリンクします。すなわち、いまどんな人たちが自社を愛し、支持してくれているか。逆に、どんな人たちには響いておらず、購入頻度も低いのか。まさに「ターゲットのリアル」を知ることが大切です。

フォロワーの平均年齢30歳前後…若返りに成功した青汁

自社の未来を考えれば、早いうちに若者と真剣に向き合い、ターゲットの若返りや多様化を図る視点も重要になる。

近年、ブランドの若返りに成功した企業として、中高生をターゲットに「ガチダンス選手権」などを展開する「ポカリスエット」(大塚製薬)や、誕生30周年を機にさまざまなタイアップを実施して20代を取り込んだ「雪肌精」(KOSE)、あるいは企業ロゴ変更やSNSキャンペーンの連続で「脱・青汁」を目指し、ツイッターフォロワーの平均年齢を30歳前後まで押し下げた「Q’SAI(キューサイ)」などが挙げられます。

ただし若者を惹きつける際、“話題”にしてもらうことばかりを追ってはいけない。大切なのは、彼らが自社の商品やサービスに強く“共感”してくれること、そして「この企業(ブランド)は、自分たちの味方だ」と心から信じてくれることでしょう。

そのためには、若者の悩みにとことん向き合い、寄り添い、彼らに“響く価値観”を創出すること。

そしてもう一つ、齊藤さんがもがいたように、社内の人たちにも“響く価値観”を見つけ出し、説得し、一人でも二人でも仲間を見つける必要がある。

大変な作業ではあります。でも彼が掘り当てた新たな概念と顧客(ファン)は、この先15年、20年後に、さらなる成長や進化を遂げているはずです。