EUのパスポートさえあれば、国外で就職できる

ウクライナ国内で連日ロシアとの激しい戦闘が続く中、メディアの前に登場するウクライナ人は、軍人、民間人にかかわらず、誰もがウクライナという自分の祖国を心から愛しているように見える。戦時下において愛国心が高揚するのは自然なことだ。

だが、私はロシアだけでなく、ウクライナにも何度も足を運んでいるが、これまで「何があってもこの国に骨を埋めたい」というような愛国者に出会ったことがなかった。

自国の政治家に期待できないこともあって、多くのウクライナ人、とくに30~40代の働き盛りの人々は、ウクライナを出て外国で仕事をしたいと思っている。みな必死に勉強して、ビジネスコミュニケーションに必要な英語と、ITや理系の高度なスキルを身につけ、それらを武器に脱出を図ろうとしているのだ。同様の傾向は、同じ元ソ連構成国である隣国のベラルーシでも見られる。

だから、ゼレンスキー氏が本当にEU加盟を実現させてくれるのであれば、ウクライナ人にとってこんなにありがたいことはないのだ。EUのパスポートを持っていれば、シェンゲン協定によって、EU域内を自由に移動することができる。また、ヨーロッパ中での就職も可能になるからである。

“旧ソ連国”が次々にロシアを離れていってしまう

ただし、EUに入るには厳しい基準をクリアし、さらに現加盟27カ国すべてに承認されなければならない。ハードルが高いため、非常に時間がかかるのが通例だ。現時点で最も新しいメンバーのクロアチアも、2013年7月に加盟が認められるまで10年かかっている。

しかも、現在はまだトルコ、北マケドニア、モンテネグロ、セルビア、アルバニアが順番を待っている状況であり、ウクライナの加盟が認められるにしても、ずっと先にならざるを得ない。

そう考えると、ゼレンスキー氏のEU加盟宣言は、実は極めて実現性の低い口約束だったのだが、それでもウクライナ国民はこれを歓迎したのである。

しかし、ロシアのプーチン大統領にとってみれば、このゼレンスキー氏のEUやNATO入り発言には、絶対に見過ごすわけにはいかない理由がある。

1991年12月のソ連崩壊前後、連邦を構成してきた14の国(リトアニア、ラトビア、エストニア、ウクライナ、ウズベキスタン、カザフスタン、ベラルーシ、アゼルバイジャン、ジョージア、タジキスタン、モルドバ、キルギス、トルクメニスタン、アルメニア)が次々に独立した。

そして、2000年代には旧ソ連構成国のエストニア、ラトビア、リトアニア、および衛星国だった東欧のチェコ、ハンガリー、ポーランド、スロバキア、ブルガリア、ルーマニアが厳しい条件をクリアして、相次いでEUに加盟した。

こうして旧ワルシャワ条約機構の国々は、次々に自由主義陣営に取り込まれて、今やベラルーシとウクライナを残すだけになってしまった。