対話の時代に求められるのは“柔軟性”

いまの時代は、そうした性格があらゆる場面において求められているような気がしてならない。たとえば、2000年代のヒルズ族のように、尖った性格が求められた時代とは前提が異なっているからである。そんな尖った性格が求められた時代には、人々は対立することを奨励さえされた。ディベートをするスキルが求められていたのは、その証左だろう。

小川 仁志『不条理を乗り越える 希望の哲学』(平凡社新書)
小川 仁志『不条理を乗り越える 希望の哲学』(平凡社新書)

おそらくその背景には、正しい価値観が予め前提されていて、それを追求すべきだとする空気があったのだと思う。でも、いまはそうではない。正しい価値観など予め前提することはできないのだ。

この不確実な時代にあっては、むしろ相手の意見に合わせつつ、共に前に進んでいく柔軟な態度が求められるのだ。だから、ディベートよりも対話の時代だといわれるのである。

そして対話には、尖った性格よりも丸い性格が求められる。目的は他者を倒すことではなく、他者とうまくやっていくことだからである。

一緒に、コロコロと転がっていけばいい。そういえば、コロコロという語は、笑い声が響くさまを形容するものでもある。他者は変えられないが、自分が変わることで、ネガティヴなニュアンスを帯びた「人間関係」という言葉の意味も変えられるはずだ。コロコロと笑いながら、共に進んでいく関係を意味する言葉として。

小川 仁志(おがわ・ひとし)
哲学者・山口大学国際総合科学部教授

1970年、京都府生まれ。京都大学法学部卒、名古屋市立大学大学院博士後期課程修了。博士(人間文化)。専門は公共哲学・政治哲学。「哲学カフェ」の主宰やメディア出演など幅広く活動。著書に『悩まず、いい選択ができる人の頭の使い方』(アスコム)、『『ドラえもん』で哲学する 物事の見方が変わるヒント』(PHP文庫)ほか多数。