不安定でも何とかバランスをとりながら頑張る
サービスが本格的にスタートしたのは、2021年9月。「Yohana」という社名には、さまざまな思いが込められている。日本の言葉を入れたくて「hana(花)」が浮かび、感謝の気持ちをあらわした。そして「ohana」という言葉はハワイ語で「家族」を意味する。さらにロゴマークは、石を重ねてバランスをとるイメージをデザインした。それは松岡さん自身も仕事と子育てを両立する中で心がけてきたことでもある。
「毎日忙しい人たちは不安定でも何とかバランスをとりながら頑張っています。でも、それがぐしゃっと壊れてバランスをとれなくなったら、『ヘルプ!』と誰かに助けを求めることが大切。そんなときは私たちが駆けつけてサポートしたいし、もう一つ石を重ねることでバランスを保つ方法を一緒に探してあげることができればという願いもありました」
そのバランスが大きく揺らいだのが、コロナ禍だった。親も子どもたちも自宅で過ごす毎日になり、生活のコントロールがいっそう大変になったからだ。
松岡さんの家庭でも、4人の子どもたちはオンラインで授業を受け、夫と自分もリモートワークが続く。するとインターネットの不調が頻繁に起き、その度に子どもから「ママ!」と呼ばれる。母親が家にいると子どもたちは甘えて、ミーティングの間も机の下に座りこんで終わるのを待っている。何かしゃべりたそうな顔をしているので、しかたなく席を外して声をかけると、「ちょっと暇なんだけど、何したらいいの?」と言われて、拍子抜けすることも……。
アメリカの女性たちは次々に仕事を辞めていった
「今までは職場へ行ったら仕事のことだけを考え、家に帰ってきたら、なるべく家族の世話をしていたけれど、それがだんだん混ざり合ってバランスをとるのが難しくなってしまう。自分のウェルビーイングも満たされなくなって、ものすごくフラストレーションがたまりました」
アメリカでは女性たちが凄まじい勢いで仕事を辞めたという。家族の世話や家事の負担が増して、多大なストレスを抱えて働く意欲も失われていく。コロナ禍で家庭の在り方を見つめ直す人たちも多かったのだ。
まさにその渦中でスタートしたYohanaのサービスは、利用者から大いに歓迎された。いい母親になれたという声、自分の生活に余裕ができたという声も聞く。さらにこのサービスはテクノロジーだけに頼らないことが特徴だ。実際に対応するのはアシスタントの人であり、利用者と人間関係を築く中でサービスが提供される。利用者には自分を知り、助けてくれる人への信頼が生まれることも喜ばれた。
「AIが人の求めることを全部やろうとしても、人間のようなきめ細かいサービスはできないし、そこへたどり着くにはかなり時間がかかるでしょう。AIを搭載したバーチャルアシスタントも、まだそれほど有益ではありません。私はAIの限界もよく知っているから、テクノロジーと人間を上手につなぐサービスを作ることがすごく重要だと思っています」
かつてプロテニスプレイヤーを目指していた少女時代。その夢は断念したけれど、そこからAIやロボットの研究を続けてきた松岡さんにとって、「テクノロジーを使って、人の生活をより良くしたい」という願いは一貫して変わらない。そのためのサポートに力を尽くすから、女性たちには自分がやりたいことを頑張ってほしい――。松岡さんは温かな笑顔で私たちの背を押してくれている。
1964年新潟県生まれ。学習院大学卒業後、出版社の編集者を経て、ノンフィクションライターに。スポーツ、人物ルポルタ―ジュ、事件取材など幅広く執筆活動を行っている。著書に、『音羽「お受験」殺人』、『精子提供―父親を知らない子どもたち』、『一冊の本をあなたに―3・11絵本プロジェクトいわての物語』、『慶應幼稚舎の流儀』、『100歳の秘訣』、『鏡の中のいわさきちひろ』など。