小手先の研修でパワハラがなくならいワケ

アンコンシャスバイアスは、その人のコミュニケーションパターンに影響を与えます。バイアスが強いと、攻撃的になったり、あるいは消極的になったりと、表現や行動が極端に振れがちになります。バランスがとれている人は、「自分を大切にするから言いたいことはきちんと発言する。けれど、相手も同じように大切な人だから配慮して伝える」ということができます。

自分自身の対人コミュニケーションを振り返り、非主張的、あるいは攻撃的、どちらかに振れやすい傾向があると自覚をしたなら、アンコンシャスバイアスに気づくチャンスです。偏った思い込みに振り回されていたことに思い当たり、ハッとすることがあるかもしれません。

また、自分のコミュニケーションパターンを理解できれば、行動に気をつけることができます。人間関係は、どんな気持ちを持っているかよりも、どんな対応をしたかに左右されるものです。「自分の意見と違うことを言われると爆発してしまうことがあるから、そんなときはひと呼吸置こう」、このような意識を持ち続けていれば、その冷静な対応がその人の人格として周囲から認識されていきます。そして、バランスのとれた行動の積み重ねは、自分自身の偏見をも軽減させていきます。

こうしたアンコンシャスバイアスへの理解なしに、「これを言うとパワハラになる」「こうした行動はNG」という知識だけを研修で教えても、根本的な解決にはなりません。一人ひとりが自分のなかの偏見に気づき、それを意識できるようにすることが、多様性のある職場環境に成長するための条件です。最近では、日本でもアンコンシャスバイアスの研修が取り入れられるようになってきました。アンコンシャスバイアスは、「常識」「当たり前」として普段は意識していないようなものです。自力で気づくのは難しいものだからこそ、正しいアプローチで行動変容につなげていくことが大事です。

クレーマーに左右されない知識を持とう

自分を変えることはできても、人を変えるのは容易ではありません。

もし身近にアンコンシャスバイアスの強いクレーマー、パワハラタイプの人がいる場合は、その偏見に引っ張られないようにすることが肝心です。

「なんでこんな言い方するの?」「どうして自分の意見ばかり押し付けるの?」と、クレーマーやパワハラタイプの言動を理解しようするほど、大きなストレスを引き受けることになります。それよりも「あの人は自分と意見が違うと、途端に攻撃的なコミュニケーションパターンになる人なんだ」と理解して、受け流すほうが得策。

他人のアンコンシャスバイアスを、専門知識がない周囲の人が変えるのは至難の業です。また、職場の人間関係にそこまでの責任を負って労力をかける必要もないはずです。変えることは難しい、でも左右されない。このスタンスを持つことで、自分自身の心を守り、知らずしらずのうちに偏見に染まるリスクを遠ざけましょう。

構成=浦上藍子

見波 利幸(みなみ・としゆき)
日本メンタルヘルス講師認定協会 代表理事

1961年生まれ。大学卒業後、外資系コンピューターメーカーなどを経て、98年に野村総合研究所に入社。主席研究員としてメンタルヘルスの研究調査、研修開発に携わり、日本のメンタルヘルス研修の草分けとして活躍。2015年より日本メンタルヘルス講師認定協会の代表理事に就任。20年かけて開発した2日間の「ヒューマンスキルを強化するマネジメント研修」は大企業を中心に絶大な支持を得ている。著書に『心が折れる職場』『上司が壊す職場』(以上、日経プレミアシリーズ)など多数。