銃規制の法律を強化

事件は世界からの注目を集めた。アーダーンの言葉も世界中に流れた。しかし、アーダーンが次に語りかけた相手は、ショックと混乱のさなかにあるニュージーランド国民だった。

「この会見を自宅でみて、どうしてこんなことが起こったのかと思っているみなさんに、こういわせてください。わたしたちが――ニュージーランドが――テロの標的になったのは、レイシスト(人種差別主義者)たちが住みやすい国だからではありません。この国が犯罪の現場として選ばれたのは、わたしたちが人種差別を許すからでもないし、過激派の存在を許すからでもありません。むしろ、その逆です。わたしたちが多様性とやさしさと共感を大切にするからこそ、狙われたのです。ニュージーランドは、わたしたちの価値観を共有できる人たちの国です。住むところを求める難民を受け入れる国です。その価値観は、このような攻撃によって揺るがされるものではありません」

きく人の心にまっすぐ届くような言葉を念入りに選んで話していた。報復をほのめかすどころか、正義という言葉さえ使わなかった。正義はすでに執行されたからだろう。犯人は逮捕され、二度と自由の身にはならない。アーダーンは、犯人が世間の人々に植えつけようとした差別と憎しみの気持ちを、人々に抱かせたくなかった。犯人へのメッセージとして、アーダーンはこういった。

「あなたはわたしたちを選んだかもしれませんが、わたしたちはあなたを拒絶し、糾弾します」

この会見の直後、アーダーンはニュージーランド警察のマイク・ブッシュ警視総監から最新状況の報告を受けた。犯人は武器をニュージーランド国内で合法的に入手したとのこと。

国のどこでも銃を買うことができるとはいえ、信じられない事実だった。というのも、銃は農業、狩猟、スポーツといった国の文化に根づいたものではあるが、セミオートマチックの銃を使った犯罪など、国内ではいままでに起きたことがないからだ。

ニュージーランドではそのような武器を簡単に手に入れられるという事実を、突然つきつけられたような気分だった。

その瞬間、アーダーンは決意した。この状況を変えなければならない。銃規制の法律を強化すべきだ。その夜遅く首相官邸に戻ったアーダーンの手には、銃規制法に関する警察の最近の報告書があった。

「ムスリムに愛情を注いでください」とトランプに直言

3月16日の朝、国民のほとんどがまだ眠っている時刻に、ウィンストン・ピーターズは首相補佐官からの電話で起こされた。補佐官は前夜のうちにアーダーンから事情説明を受けていた。「首相は銃規制法を改正したいそうです」補佐官はピーターズにいった。歴史的に、ピーターズもニュージーランド・ファースト党も銃規制法の改正には反対していた。しかしそれは昔のこと。いまは全面的に賛成だった。

マデリン・チャップマン『ニュージーランド アーダーン首相 世界を動かす共感力』(集英社インターナショナル)
マデリン・チャップマン『ニュージーランド アーダーン首相 世界を動かす共感力』(集英社インターナショナル)

午前中、アーダーンのもとには世界各国のリーダーたちから悔やみの電話がかかってきていた。そのひとりはアメリカのドナルド・トランプ。トランプは、特定の国の人々がアメリカに入国するのを制限する法律を施行していた。いわゆる“ムスリム入国禁止令”だ。

そのトランプから、自分やアメリカ合衆国になにかできることはないか、との申し出があったのだ。アーダーンは、人によっては当てつけがましいと感じそうな言葉を返した。「ムスリムのコミュニティに同情と愛情を注いでください」

ひと晩のうちに、ニュージーランドは世界のトップニュースを飾っていた。ただし、不本意なニュースだった。銃の乱射事件といえばアメリカやヨーロッパで起こるものだと思っていた。SNSでも、ニュージーランド国民はいつも世界の反対側の国の人々に対して悔やみの言葉を書く立場だった。

国際政治の大御所的人物や華やかなセレブが、悲しみや失望の言葉を述べるのをきく立場。平和で穏やかな国ニュージ―ランドでそんな悲惨な事件が起こるのには慣れていなかった。

アーダ―ンは午前9時にまた国民にむけてメッセージを送ったが、そのときまでには、テロ事件のニュースは世界中に広がっていた。夜のあいだに情報のアップデ―トが何度もあったが、そのたび、事件の規模が大きくなる一方。確認された死者の数は45人になっていた。

国の内外を問わず、多くの人が、ニュージ―ランドにもアメリカのようなテロを経験したいくつもの国と同じシナリオが用意されているんだろうかと考えた。テロが起こり、人々が悲しみ、なにかを変えるべきだという声があがり、結局はなにも変わらない。その繰りかえし。

アーダ―ンは問題に気づかないふりをするのではなく、真っ向から取り組むことにした。

「とくに、今回のテロで使われた種類の銃器を規制したいと思っています。犯人は銃を5挺持っていたそうです。うちセミオートマチックが2挺とショットガンが2挺。犯人は銃のライセンスを持っていました。ライセンスの取得と銃の入手がどのような時系列で進んだのかは現在調査中ですが、それとは別に、ひとつ宣言したいことがあります。銃規制法を改正します」

ニュージーランドはアメリカ合衆国とは違う。

訳=西田佳子

マデリン・チャップマン(Madeleine Chapman)
作家、ジャーナリスト

サモア、中国、ツバル系。スティーブン・アダムスのベストセラー自叙伝『My Life, My Fight』(Penguin Random House NZ)の共著者であり、2020年まで〈The Spinoff〉のシニアライターを務める。2018年ヤング・ビジネス・ジャーナリスト・オブ・ザ・イヤー、2019年ユーモア・オピニオン・ライター・オブ・ザ・イヤーに選ばれる。北島のボリルアに両親と暮らす。