1年で東大へ! 驚異の“時短勉強法”とは

――科学エッセイを書くために、まず科学記者になる。科学記者になるために、まず地球物理を学ぶ。そう逆算して、東京大学への進学を決意したとか。

【茜】エスカレーター式で進んだ慶應義塾大学には地球物理系の学科がなかったので、親に「1年間だけ」と頼み込んで、受験勉強をスタートさせたのです。もちろん「せっかく慶應に入れてあげたのに!」と激怒された上での受験。1年で合格するためにはどうしたらいいのか、その最短ルートを考え抜いて、自ら“時短勉強法”を編み出しました。

茜灯里さん
馬疫』を上梓した茜灯里さん。写真=本人提供

――“時短勉強法”とは?

【茜】勉強の効率化のコツは、「己を知り、目標設定する」。これに尽きます。私は「記憶力タイプ」と自覚していたので、厳選した参考書をすべて暗記。問題への思考法を類型化して、解答に早くたどり着くというアプローチを取りました。“合格”が目標なので、その基準をクリアするため、的確に時間を割り振るのも重要。この思考法と対策は受験だけでなく、東大入学後に理学部地球惑星物理学科に進むときも、またマスコミ業界への就職活動のときも、そのほか人生のいろんなシーンで応用しています。

――驚きの思考法ですね。凡人には及ばないアプローチです。

【茜】単純に勉強というものが好きで、研究者肌というだけなんです。そのとき一番興味があることにいち早くたどり着いて、ただ深く追及したい。その欲求を抑えることができないんですよね。逆に、中長期的にキャリアプランを描き、必要なこと、役に立つことを粛々と達成していく人こそ、すごいと思います。私はそれがどうしてもできない。自分のこと、すごく不器用な人間だなと思います。

敷かれたレールでは幸せになれない

――茜さんの口から「不器用」という言葉が出てくるとは思いませんでした。確かにその後、せっかく入った新聞社も、「科学エッセイを書くためには、科学者の経験が必要」と考えて、辞めてしまうのですよね。

【茜】宝石鑑定鑑別機関で研究テーマを見つけたあと、東京大学大学院理学系研究科の地球惑星科学専攻に進むことに。もちろん「大手新聞社に入っておいて、なぜ!」と再び親の逆鱗げきりんに触れたことは言うまでもありません。周囲も「もったいない」「後悔するよ」と大反対。誰からの協力も得られないまま、大学院の学費は、当時はやっていたFXでまかなっていたことを思い出します。

――FXで学費を稼ぐとは……。理解されないなかでのキャリア構築に不安を感じることはなかったですか?

【茜】それよりも、「大好きな科学を学びたい、伝えたい」という心の声に抗うほうが難しくて。地位や名誉、お金は、どうやら私の心を刺激するものではない。それより科学への好奇心、探究心を満たしていくことに、幸福を感じてしまう性分なんです。

――敷かれたレールを降りて、オリジナルの最短ルートを開拓し、無謀に思える道を行く――。そんな茜さんに弱みはあるのでしょうか。

【茜】たくさんあります。なかでも人をすぐ信じてしまうこと。そして打たれ弱いこと。自分は「EQ」、いわゆる“心の知能指数”が著しく低いと感じることがあります。研究と並行して科学記事を寄稿していたら「そんな暇あるのか」「助手になりたくないのか」と圧力をかけられたり、信じていた教員が私の取材文を自身の著作として出版していたり、尊敬していた編集長と出張に出たら同じ部屋を取られていたり。いわゆるパワハラ、アカハラ、セクハラまがいのことを多く経験してきました。

うずくまるだけの日々を過ごし、ようやく立ち上がって外に出ると……空には変わらず雲が流れ、満点の星がまたたいている。人はコントロールできないけど、もっとコントロールできないのが自然。逆説的ですが、つらいときにもっとスケールの大きいものを想像することによって、自分の心身を健やかに整える。それが私の問題解決法だったんです。

構成=本庄真穂

茜 灯里(あかね・あかり)
作家・科学ジャーナリスト

1971年、東京都調布市生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専攻卒業。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)、獣医師。朝日新聞記者、国際馬術連盟登録獣医師などを経て、現在、立命館大学教員。第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。デビュー作『馬疫』(光文社)を2021年2月に上梓。Newsweek日本版サイトで科学コラムを連載中