「過ごす時間が増えれば子どもは喜ぶ」ワケじゃない
入社2年目に出産、8カ月の育休を経て復帰したものの、子育てとの両立は想像以上に厳しかった。入社後すぐの新入社員研修で「男性初の育休を取る!」と宣言していた夫が結局育休を取らず、保育園の送り迎えも一人でこなすことになったのだ。子どもが母乳しか飲まなかったので、昼休みも会社を抜けて授乳に行かなければならない。別れ際に泣かれるのがつらく、後ろ髪引かれる思いで会社へ通う毎日だった。
「あの頃はいつ辞めようかと常に考えていました。目の前で泣くわが子にどうしても感情移入してしまうので、育児に専念したほうがいいのではと。仕事は私がいなくてもまわるけれど、子どもは母親の私がいないと生きていけないと、ひたすら悩んでいました」
それでもママ友や保育士の先生の支えが心強かった。子どもを通わせたのは、働く母親たちが有志でつどい「自分たちがやりたい子育てをする」ためにつくられた保育園。仕事と育児の両立に悩んでいるとアドバイスをもらえた。
例えばその園では夜間保育があり、夜9時まで預けられたが、御厨さんはずっと利用をためらっていた。少しでも子どもと過ごす時間を増やすため、残業や日帰り出張もあきらめ、定時で仕事を終わらせなければと気を張りつめていたが「必要なときには上手に夜間保育を使えばいい」と保育士の先生に助言されたのだ。
「いつもぎりぎりまで働いて慌てて迎えに行って、いら立った顔を子どもに見せる方が良くない。仕事をきちんと終えて、すっきりした顔で9時に迎えに行けば、子どももうれしいはず。保育園でもおいしいご飯を食べられるし、他の子との交流もできるからと言われたのです。そこで気づいたのは、子育てで大事なのは“子どもとどんな気持ちで向き合うか”ということ。仕事との両立では目を向けられる時間も限られます。でも、子どもがひとりで動いているときは急かさずに褒める、泣きわめいているときはちゃんと話を聞いて認めてあげる。そうして自分は大事にされていると感じられることが、子どもの心の根っこを育てるために大切なことなのだと教えていただいたのです」
育児経験で仕事の効率が上がった理由
御厨さんは3女1男と4人の子どもを授かり、同じ保育園に18年通う日々が続いた。そうした育児の経験は仕事にも活かされている。その一つは「効率」を考える癖がついたことだ。
もともと二つの仕事を並行して進めるのが苦手で、一つのことをきちっと終えてから次へ行きたいタイプ。だが、子どもがいれば急な事情で数日休まなければいけないことも起きる。そのため幾つかの仕事を同時に進めることを意識し、隙間を埋める計画の立て方を心がけるようになった。エクセルでテーマごとに進捗状況を記録してスケジュール管理をする。それによって効率が上がり、その日に終えた仕事が一目でわかるので、日々の達成感も得られるようになった。
データ不備で多額の治験費用が無駄に
さらに子育ての失敗は数々あるが、それをいかに次につなげるかを模索してきた。仕事の現場でも「失敗」と向き合う覚悟をあらためて問われる出来事があったという。
入社以来、家庭用品の開発や基礎研究に携わってきた御厨さんは、2009年にドラッグストアや薬局で販売するOTC医薬品の開発に携わる部署へ異動となった。臨床試験(治験)の体制を一から立ち上げ、承認難度の高い医薬品を開発するという大任を拝したがこれが前途多難な道のりのはじまりだったという。
承認をとるにあたり、はじめに行うのが当局への申請だ。当初は4人のメンバーで着手し、2年がかりで準備して治験データを収集した。何度も壁にぶつかり苦労したもののようやく当局に申請が出せると思った矢先、そのデータに不備が発覚。多額の治験費用が無駄になっただけでなく、さらに継続する場合、多額の追加費用が必要となったのだ。
「猛烈にショックでしたね。それまでいろいろ失敗も重ね、今度は必ず!と社内にコミットしておきながら最後の段階でまたつまずいてしまったことが本当に申し訳なくて……。けれど、経営陣のひとりが『もう一回やってみたら、ええやんか! 勝ち目があるならやったらいい』と激を飛ばしてくださった。だから、この失敗は必ず次につなげようと気持ちを切り替えたのです」
治験を継続して2年後、ついに当局への申請が完了。つづいて承認に必要な「GCP適合」を受けるべく、その先の治験へと進むことになった。