「誰もやりたがらない仕事」と「成長業界」
なぜここまでキャリアの階段を駆け上がれたのか。「誰もやりたがらないことをやってきたから」と薄井さん。「薄井さんだからこそできた」との見方は否定する。
バンコクの、カフェテリアでのメニューと衛生面の改善やスタッフ教育。会員制クラブでの誕生会担当。英語を使っての宿泊セールス。「どこの職場に行ってもね、誰もやりたくない仕事っていっぱいあるんです。みんながやりたがる仕事ばかりでいい環境だったら、自分の入るところなんてないじゃないですか。えり好みせず、仕事を引き受けて自分の居場所をつくる。そこで実績を出したらみんな分かってくれるんです」
成長業界に入ることも重要だ。当時の観光業がこれにあたる。2011年の訪日外国人数は約620万人だったが2019年には約3200万人へと急増した。自分のやりたいことを優先するのではなく、ニーズのあるところに行けば伸びが早い。再就職を希望する人たちに必ずかける言葉だ。
チャンスは公平に与えてほしい
「専業主婦ほどマルチタスクでクリエーティブな仕事はない」との持論は今も揺るぎない。家事に育児にPTA、同時並行で仕事をこなさなければならない。キャリアに必要な「土台」は専業主婦時代に培った。「主婦を全うしたからこそ今の私がある」。機会があるたび多くの人々に伝えてきた。
薄井さんと同世代の女性たちは、結婚や出産で退職し、専業主婦になるのが当たり前の時代だった。社会は大きく変わり、今はワーキングマザーが過半数を占めるまでになった。その傍ら、50代、60代の女性たちは子育て後も「仕事の能力が低い専業主婦」というレッテルを貼られ、社会と家庭のはざまで宙づりのまま。政府や企業の復職支援は早期退職した男性や30代、40代の女性が中心のものばかりだ。
主婦を特別扱いしなくていい。けれど、チャンスは公平に与えてほしい。訴え続けてきたが、改善の兆しがなかなか見えないのが歯がゆい。
専業主婦は社会に眠る財産
薄井さんはキャリア再開支援にも力を入れている。自身の職場にスカウトするだけでなく、復職支援講座を開いたりSNSで情報交換の場を作ったりしながら、再スタートを切りたい人々を叱咤激励してきた。ビジネス特化型SNSのLinkedInが今年6月、キャリアの一つとして「#主婦・主夫」を追加した際には、「#主婦代表」として講演も行った。
今はコロナ下で就職市場も低迷気味。だが長期的に見ると、少子高齢化で人手不足に陥ることは目に見えている。
「一つの人材として、労働力として、専業主婦は社会に眠っている財産。活用しない手はありません」
(後編に続く)
文=藤岡敦子
1959年フィリピン生まれ。1980年、国費外国人留学生として来日。1985年東京外国語大学卒業、貿易会社入社。1986年日本人(外務省職員)と結婚、リベリアに赴任。1988年帰国、広告代理店就職。1989年娘を出産し退職、専業主婦に。2007年、48歳でタイ・バンコクのインターナショナルスクールのカフェテリアでパートを始め、3カ月で管理職に。2011年帰国、会員制クラブでの電話受付アルバイトを経て、2013年ANAインターコンチネンタルホテル東京。勤続3年で営業開発担当副支配人就任。シャングリ・ラ東京に勤務後、2018年日本コカ・コーラ社に入社し、オリンピックホスピタリティー担当就任。2021年2月にオリンピック延期により失職。同年5月から現職。著書に『専業主婦が就職するまでにやっておくべき8つのこと』『ハーバード、イェール、プリンストン大学に合格した娘は、どう育てられたか』等。キャリア再構築を目指す人々のための講座も開催している。