日本で直面した「52歳・専業主婦歴17年超」の壁

2011年に日本に帰国。今度は「52歳・専業主婦歴17年超」が大きな壁となり立ちはだかった。まだ日本で人手不足が深刻化する前のことだ。パートの仕事はあるものの、将来のキャリアを描けるような仕事は履歴書だけですべて門前払いされた。

「怒りしかなかった。ここまで真面目に育児に専念して、誰が見ても優秀な子ども一人を育てたのに、『世の中にいらない』『出産して退職した主婦には価値がない』と言われているのと一緒ですよね。まるで自分が罰せられているようでした」

時給1300円、電話受付のアルバイト

来る日も来る日も履歴書を送り続け、半年間かけてようやく見つけたのが高級会員制クラブでの電話受付のアルバイトだ。時給は1300円。コピーや書類のホチキス留めなどにも一生懸命取り組んだ。最初は慣れずに電話先の名前を聞き取れず、「そんなこともできないの」と厳しい言葉を投げかけられながら。

「1に忍耐、2に忍耐、3に忍耐。最初はスキルじゃなくて忍耐なんですよ。体力と忍耐があれば、3カ月もすればだいたいのことは覚えられる。とにかくどこかに入って頑張れば自分の道を作れる、と信じていました」

しばらくして、手間がかかる割に単価が安く、誰もやりたがらない会員の子どもの誕生会を引き受けることになった。子育て経験を生かした薄井さんの誕生会は人気を呼び、指名での宴会営業にまで仕事は拡大。1年後のクリスマス時期の宴会スケジュールは、薄井さんの担当でびっしり埋まるまでになった。

2013年、バンコク時代の知人の紹介でANAインターコンチネンタルホテル東京に転職。インバウンドで外国人観光客が増え始めた頃だった。宿泊セールスは未経験だったものの、ここでも主婦時代に培った手際の良さとコミュニケーション能力、アイデアで次々と予約を取り付け、部内一の営業成績を上げ続ける。入社3年で営業開発担当副支配人となり、続いてラグジュアリーホテルのシャングリ・ラ東京のディレクターに転職した。東京オリンピックを目前に控えた2018年には、日本コカ・コーラ社のオリンピック・パラリンピック担当シニアマネジャーに転職した。

ANAインターコンチネンタルホテル東京の代表としてケネディ駐日米国大使(当時、右)を訪問する薄井シンシアさん(中央)
写真=本人提供
ANAインターコンチネンタルホテル東京の代表としてケネディ駐日米国大使(当時、右)を訪問する薄井シンシアさん(中央)