“キャリア”としての専業主婦

専業主婦を「選び取った」薄井さんは、主婦業が自身のキャリアだと覚悟する。弁護士や銀行員、大手IT企業の社員として活躍する友人らの颯爽としたスーツ姿に嫉妬を感じたこともあった。だが、専業主婦としての「覚悟」が自身のプライドを支え続け、仕事として真剣に取り組む意識付けになった。

キャリアとしての専業主婦とは具体的にどういうことなのか。

例えば、いかに効率的に家事をこなせるか、料理や掃除などの基本を徹底的に学んで合理化を追求する。献立は1カ月分を月初めに計画し、1日の家事スケジュールも決めて時間を厳密に管理した。経営者のつもりで費用対効果を考えつつ家計を回し、PTAやボランティアにも積極的に携わって人脈を作る。夫や娘と対等に話ができるよう、新聞や本から毎日多くの情報を仕入れた。これらの経験がのちのキャリア形成に大きく役に立つ。

夫の転勤に伴って海外を転々としつつ、学校から帰宅した娘とお菓子を食べながら語らう幸せな日々。しかし娘が17歳になった年、転機がやってきた。米国の名門・ハーバード大学への入学を機に、娘が薄井さんの元を巣立ったのだ。「無理やり退職させられたようでした」と薄井さん。生活が一変し、喪失感にさいなまれた。

48歳で「給食のおばちゃん」に

そんな時、娘が通っていたタイ・バンコクの学校から「カフェテリアで働かないか」と誘いを受けた。48歳で「給食のおばちゃん」として仕事に復帰。メニューや衛生面の改善などの取り組みが評価され、パートから一気にマネジャーにならないかとのオファーを受ける。ブランクが長かった薄井さんは躊躇したが、背中を押したのが、娘の一言だった。

「私はママみたいなお母さんになりたいけれど、それなら専業主婦になって仕事をあきらめなければならないのかな」
「『ママみたいなお母さんになりたい』というのはすごく嬉しかった。でも『育児に専念しようと主婦になったら、キャリアは終わり』と思わせたくはなかった。そんなことは絶対ないと証明したい、ならば徹底的に仕事に復帰してキャリアを作ろうと」

カフェテリアは評判となり、学校関係者だけでなく近隣からも人が集まる店となった。

カフェテリアを退職するときに、ほかのスタッフから贈られた写真。中央の、白いワンピースを着ているのが薄井さん
写真=本人提供
カフェテリアを退職するときに、ほかのスタッフから贈られた写真。中央の、白いワンピースを着ているのが薄井さん