専業主婦からホテルの社長へ
「18時になったけれど、ラウンジの電気はつけた?」
「『マニュアル通り』よりも親しみやすいサービスをお願いね」
社員の採用から教育、施設のマネジメント、外部業者との交渉や備品の発注に至るまで、社長としての薄井さんの仕事は多岐にわたる。日本に進出したばかりの外資系ホテル「LOF HOTEL Shimbashi」を7月に新橋にオープンさせたばかり。秋葉原と東神田での開業も控える。週に数回はホテルに泊まり込んでオペレーションを確認し、元専業主婦やシングルマザーなど、観光業未経験のスタッフに細かく指示を出す。
コロナ禍で東京オリンピックは無観客となり、厳しい逆風が吹く観光業界。「今はどん底だけど、これからよくなるしかない。『スタッフをしっかりトレーニングする時間ができた』とプラスに受け取って、インバウンド回復に備えます」。前を見据える。
5つ星外資系ホテルのディレクターなどの経歴を持ち、社長として辣腕を振るう薄井さん。だが、14年前までは家事と育児に専念する専業主婦だった。
「娘を育てることが人生最大の仕事に」
「女の子に学歴はいらない」という厳格なフィリピン華僑の家庭で生まれ育った。家父長制的な考え方に反発し、20歳で日本に国費留学。東京外国語大学などで学んだ後、貿易会社に就職した。
27歳で結婚し、外交官の夫とアフリカのリベリアへ。帰国後は広告代理店に転職して30歳で妊娠。1980年代当時、女性の人生の「花形コース」は、結婚や出産を機に家庭に入ることだったが、「仕事大好き人間」だった薄井さんは、産休後、必ず復帰するつもりだった。しかし生まれてきた娘を腕に抱いた瞬間、人生が一変した。
「『この人を育てることが、私の人生最大の仕事になる』と、直感的に分かりました。仕事なら、失敗しても自分のことだからなんとかなるけれど、子育てで失敗したら一生後悔する。迷わず専業主婦になって育児に専念しようと決意しました」
常に全力投球する自分の性格では、仕事と育児の両立は難しいことも分かっていた。